遣らずの雨

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遣らずの雨

――――えっ!!!??? 『ちょ、お前本気で言ってんのっ、あ、いや、ど、どうしてそんな考えになったのかな、ね、ちょっと、聞いてる!?青柳くんっ!!』 「うん、本気ぃー。僕もう彼氏は受けないって事でー。あ、他の仕事ならいいよ、エキストラとか、モブとか、あ、前にあった結婚式の偽友人役とか」 『おいおいおい、何言ってんだよ、大体お前みたいなのがエキストラとかモブとかで使える筈ねーだろうがっ!そんな目立つモブとかモブの定義ぶち破ってんのよっ!!君が一番需要があるのって彼氏なんだってっ』 「えーでも、そんな事言われてもぉ。僕リアル恋人出来たんでー」 『は…?リアル、恋人…?』 「そう。だから、レンタル彼氏なんてやってたら誤解されかねないじゃん。駄目なら、もう登録から外してくださーい」 『それは仕事じゃんっ、ちょ、マジ待って、あお、』 「またね、佐野っちー」 未だ何か電話の向こうでぎゃんぎゃんと騒ぐ声を強制的にボタン一つでシャットダウン。 電話の相手が『マジで美形って嫌い…どいつもこいつも顔だけいい奴って本当性格破綻してるわー…顔面と引き換えに性格捨ててんな…』と、先輩同僚が背後に控えている事も知らずグチグチと文句を垂れていようと、そんな事どうでもいい。 「おい、テーブルの上は片したか?」 「はーい」 さっとスマホや出していたノートを片し、ウェットタイプのペーパーでさっと吹き上げたテーブルに用意していたコンロを乗せる常葉を確認。 「よっと、あち…っ」 そこにキッチンから佑が運んできた鍋をセットすれば、本日の夕食が始まる。 「おいしそー」 「やっぱ寒くなったら鍋だよな」 二人分の蓮華ととんすいをそれぞれに分ける佑は炊飯器も隣に運ぶ。 「飯は?」 「ほくほく大盛りでー」 「はいはい」 炊き立て白米も二人分よそい、いただきます、と両手を合わせる常葉の頬はほんのりと桃色だ。 (………嬉しそう) バイトの帰り道に寄ったスーパーで行われていた海鮮特売。 おぉっと眼を輝かせたのは佑ではなく、常葉だ。最近バイト終わりに当然の様に迎えに来ては、そのまま佑宅に直行のこの男。 『嫌いなモノ無い?アレルギーも?じゃ、これとこれとー』 海鮮物が好物と言う事で、食べたい物をさっさと購入すると、こうして鍋のおねだりを開始。年下に購入させてしまい、ただ材料を渡された事に何となく複雑ではあったものの、嬉しそうな姿に佑の頬も緩んでしまうと言うもの。 「うま、やっぱ鍋サイコー」 「出汁が出てんなー…」 ぷりぷりの牡蠣にジューシーな帆立。 肉厚な海老から、甘さが際立つタラまで、全てが美味だ。 もっもっと男二人で鍋を食べ進めていき、最後の締めも常葉の希望により、ちゃんぽん麺を投入。 出汁を吸い込んだ麺がこれまた旨い。 「ご馳走様ぁー」 食後の後片付けは常葉が率先してやってくれる。その間に佑は風呂の準備をしながら、簡単に掃除を済ませるのだが、ついでにベッドに乾いたパットとシーツをセッティングしなければならない。 目下の悩みといえば、此処。 二日に一回のペースで洗濯しなければならない敷パットとシーツ。 当たり前だが、その理由はひとつしかない。 「佑、洗い終わったから一緒に風呂入ろうー」 タオルで手を拭き、背後からずしっと体重を預けてくる、常葉の所為。 「どしたの?」 むぅーっと唇を尖らせる佑の頬に自分の頬を当てるこの年下の恋人は気付いているのだろうか。 「常葉、しばらく…エッチ禁止な」 「え?何で?やだ」 いっそきっぱりとした答えは想定内だが、此処で引くわけにもいかない。 「シーツっ!ほぼ毎日洗ってる状況なんだけどっ」 「だから?」 「ご近所さんの眼だって気になるだろっ」 今迄一週間に一回、もしくは二週間に一回程度洗っていたシーツがここ最近では二日に一回なんて。 しかも何度か隣近所では常葉と一緒に帰宅、朝部屋から出る所まで見られているのだ。 勘のいい人間ならばもしかしたら勘繰ってくるかもしれない。 しかも、 「シーツだって、もうそろそろ…乾きも悪くなるし、いくらあっても足りなくなるだろ…」 「予備を二、三枚、僕が買ってくるって事でどう?」 「そ、そう言う問題じゃなくて…数を減らせばいいんじゃねーの?」 「えー、その解決策がエッチを減らすって事?絶対やだねー」 恐るべき二十歳の体力。 元気が良いのはいい事だが、自分はいつまで保つだろう。 「あと、俺のベッドじゃ狭いだろ…。俺床でもいいから、たまにはゆっくり一人寝したら?」 「ゆっくり寝るくらいなら家に戻るっつーの」 二人で寝るから意味あるんじゃーん。 そんな事を言われてしまえば、これ以上強くは言えない。 「それにくっついて寝たら暖かいし?」 「それ冬限定だからな。夏になったら地獄だから」 「夏は夏で暑い中での、どろどろになったセックスとか楽しみだね」 「………」 最近の常葉は、一日中笑っている様な気がする。 まさに、恋を楽しんでいる様な、そんな感じなのかもしれない。 初恋と言っていた。 大事に物事を進めようとしるのだろうが、風呂風呂、と駆け出す後姿を見て佑は思う。 (息切れ…しなきゃいいけど) 何処かで、ぷつりと。
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