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思い浮かぶは、元カノ由衣の顔。
男女での恋愛だって、中々上手くはいかない。すれ違いなんて当たり前にあるのだ。
それが同性同士ならば尚更では無いのだろうか。
(まぁ…)
嬉しそうだから、いいけれど。
ただ、
「ね、風呂溜まったし入ろ」
「狭いから…先に入っていいぞ」
「だから、二人がいいんだって」
「…………」
恐怖はある。
既に上半身裸で、今日はひとつに括っていたゴムも外し、サラリと流れる髪を掻き上げる常葉を何とも言えない表情で見詰める佑のじっとりとした視線。
「何?」
「別に」
「じゃ、風呂。狭くてもいいじゃん、いつもみたい僕の上に乗ればいいんだからさぁ」
「……肩が冷えるんだよ」
そうは言いつつも、のろのろと立ち上がり着替えを用意する佑に、常葉の唇がゆったりと大きく弧を描いた。
「何言ってんのぉ」
このまま、絆されて、絆されて、
「すぐに熱くなるから、だいじょーぶだって」
「…………」
紅茶みたいな色から、濃い琥珀に変わる眼の色。
綺麗で、舐めとってみたいとすら思える。
こっちの方が沼ったら、どうしてくれる。
*****
その数日後、スマホからの通知に佑は眼を瞠った。
先日送った絵本のコンテスト。
そこに佳作として紹介されていたのは、紛れも無く佑の作品。
そして、メールが一通。
【一度うちに持ち込みして頂く事は出来ないでしょうか】
「う、そ…」
バイト終了後、裏口から出た侭、立ち尽くす佑は震える指で文面をスクロールするが、前半のお約束の様な挨拶なんかは頭に入らない。
兎に角、興奮した頭で何とか読み取った事と言えばコンテストで佳作を取り、しかもその主催していた出版社からお呼びが掛かったと言う事だ。
通知者の名前をすぐに調べると、確かに間違いは無い。
ドキドキと鳴る心臓。
押さえれば、その鼓動が掌に伝わる、まるで自分の身体を触っている感が無い。
違う生物を触っている様な現実感の無さにぐるりと周りを見渡すと、ゆっくり拳を握った。
「ま、まじかぁ…」
やった…!!
ぐっと握った拳を胸の前に寄せ、小さく膝を折り身体に力を入れる。
ささやかなガッツポーズだが、その中身は濃い。
実を言えば、二十歳くらいから応募だけはしていた。
その時は趣味だからなどと自身に言い訳をしながら、それから夢を本気追い出してから、早二年半。
今迄かすりもしなかったのに、ようやっとこうして作品が評価されたとは。
「やば…嬉しい…」
眼に見える評価。
それまではこんなもんなのかと何処か冷めた眼で見ていた他人のそれだが、実際に自分で体験すると信じられないくらいの喜悦に身体が震えそうになる。
(そだ…常葉、)
彼からアドバイスを貰ったからだろうか。
意外に物事を冷静に、俯瞰して見れる彼からの文章は勿論だが、絵の影響や参考度合いは大きい。この評価もそこが大きいのでは?
(一応報告だけは…した方がいいんだろうけど…)
と、言うよりもしたい気持ちの方が強い。
きっと、明るく騒いで、喜んで、可愛らしく眼を細めてくれるだろう。気が早いと思われようとお礼だって言いたい。
しかし、
『課題が結構大きくて…流石に此処に画材とか置けないから、家に戻って終わらせるわ』
学校から出された課題の書かれたプリントを忌々しいと言わんばかりに握りつぶしていた常葉がそんな事を言っていたのは一昨日の事。
今頃家に戻り、せっせせっせと課題を終わらせるべく、集中して取り組んでいるかもしれない。
そこに連絡するのは流石に忍びないと佑はスマホを閉じた。
またゆっくり報告をすればいい事だ。
そうなると、夕食だって一人なのは当然の事。
一昨日までは殆ど常葉と過ごしていたその時間。何となく寂しさもある事ながら、今はこの気持ちを誰かに分かち合いたいと思うのも致し方の無い事だろう。
早速向かうは安達の店。
「いらっしゃ、あら、あんたなの」
扉を開けた先、客商売をしているとは思えない安達の声音にも負けない佑はカウンターテーブルへと腰かけ、早速ビールを注文し、適当につまみも頼む。
「はい、どうぞぉ」
「ありがと」
注がれたビールを一気に煽り、はぁっと一息。
染みわたるアルコールの心地良さと今日の喜ばしい出来事もあり、ふわりとした感覚にふふっと機嫌よく笑みが洩れる佑の様子に、安達はぱちりと豪風でも起こしそうな睫毛を上下させた。
「何、あんたいい事あったんじゃないのぉ?」
客もまだ居ない為か、ふふっと笑いながらフランクにカウンターに肘を置く安達は流石と言うか、目敏いと言うか。
でもそれよりそのシャツなんだ。ぴっちりは相変わらずだが、そのビキニ型のプリントデザインは何だ。誰を恐怖に陥れる気なんだ。
しかし、今日はこちらも機嫌が宜しい。
安達ににこりと微笑み、つまみのピーナッツの殻を割る。
「何だと思う?」
「面倒な合コン女子みたいな返しするわねぇ」
『君いくつ?』『えーいくつだと思いますぅ』的会話の事を言っているのだろうが、ふふんと一笑する安達は真っ赤にネイルされた指で顎をなぞった。
「そうねぇ」
脱毛したらしいツルツルな顎は自慢らしいと言う、心底どうでもいい余談が思い出される。
「あれ、かしらね」
「ほう」
当たるもんだろうかと余裕を構え、ぐびっとビールグラスを傾ける佑だが、
「恋人ね、しかも、抱かれてるとみたわ」
―――――ぶっ…!!!!!!!
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