遣らずの雨

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「そう言うのは洞察力って、言うんじゃ」 反射的にそう言い返せば、ふふっと笑う安達が首を傾げて見せる。 「否定はしないのね」 「………」 そろりと立ち上がる佑がむぅぅぅっと唇を噛み締める姿が何とも可愛らしく見えるのは気の所為では無いのだ。 「ちょっと雰囲気も変わったものねぇ。何というか、由衣ちゃんの時と違って角が取れて丸くなった、って言うか」 「……よく分からん」 「愛されてるのかなぁーって思ったのよ」 「へぇ…」 その理論で行くと由衣からは愛されていなかったと言う事を本人を目の前にして言っているのだが、この男はそれに気付いているのだろうか。 (まぁ、どうでもいいけど、今更…) よく分からない理論だが、もう上手く誤魔化せる言葉も出てこない。酔っ払っているからだとか、それだけじゃない、この感情。 「ねぇ、誰なのぉー気になるわぁ」 「何でだよ…」 「だってぇ、佑ってばノーマルだとばかり思ってたから、いきなり、ねぇ」 つまりは野次馬根性、もしくは仲間を見つけた気持ちに近い。 そんなところ。 「申し訳ないけど…その、まだ日も経ってなくて、」 「はぁ?」 「幾ら?」 「え、あ、今日はいいわよ。奢りよ、奢り」 「いいのか?悪いな」 折角だ、甘んじよう。 取り出していた財布を鞄へ戻し、身なりを整える。 ぐっと堪えるは、溜め息。 「まだ、色々分からない」 「どう言う事…?」 「何て、言うか…その、お互いまだ色々掴めてないって言うか、」 ーーーーそう、気持ちさえも。 言い淀む佑はそれもぐっと押し込む。 正直な所、それが本音だ。 自分の感情もだが、常葉の考えも。 もしかしたら物珍しさだけで付き合っているのかもしれない、甘えれる存在であり、意外と身体の相性が良かっただけなのかもしれない。 考えればキリがないが、キリが無いからこそ、どうしようもない。肩を竦める佑は、納得いかない風に眉根を寄せる安達に向かって、ふっと少しだけ口角を上げた。 いい加減店を出ないと。 ーーーガチャ 新しい客も入ってきたようだ。 右手を挙げて、ひらり。 「じゃ、そう言う事で、またく」 「居た」 少し低い、先ほどまで聞いていた声が、電話越しで無い声が、耳元でーーー。 「ーーーーーーえ、」 驚愕した様な声は佑からでは無い。 眼を丸くし、佑を見つめる、いや、正確に言えば、佑の背後を見詰める安達から。 (まずった…) 佑と言えば、驚愕しているものの、此方は声も出ないらしい。 びしっと硬直した身体に感じる体温。 「良かった、ちゃんと待っててくれたんだ、佑」 ふふっと笑い、背後から顔を覗き込む常葉の長い髪がさらりと流れ落ちる。 「ーーーお早い、お着き、だな」 ようやっと絞り出す様にそう言えば、にこっといつもの三日月の笑顔。 「まぁね。タクシー飛ばしてもらっちゃったぁ」 腰に回る腕の所作はあくまでもスマートだが、その力は強い。 いくら酔っ払いの集まりの店とは言え、流石にと身体を離そうとするも、常葉はにこやかに安達へと顔を向けた。 「和さん、こんばんは」 「え、ちょ、待て…え?ええ?あんた、え?あんたが佑を迎えに来たの?」 珍しいくらいに眼を白黒させているのが、何とも友人らしくないと思うも、それくらい驚いているのが見て取れる。 しかし、常葉からしてみれば、そんなリアクションなんてどうでもいいのか、大袈裟に肩を竦めると恨めしげに佑へと視線を流した。 「つかさー、普通連絡しない?今日はこれからどうするとか、何処に行くとか。蔑ろにされてるみたいで僕切ないんだけど」 「えぇ…そ、そんなもんなのか?」 「はぁ?普通そうでしょ、現に今僕心配して此処に居るんだけど」 そう言われてしまえば、そうかもしれないが、一応佑にだって言い分はあると言うもので、 「だって、課題あるって言うから、邪魔にならないように、って」 「何それ、関係なくね?僕そんな事一言も言ってないじゃん」 「…確か、に」 考えすぎと笑われているかのような物言いに、俯いてしまえば、佑の負けだ。 「じゃ、和さん。またね、僕ら帰るから」 「あ、き、気を付けて帰りなさいよ」 二人はそんな挨拶を交わすが、常葉に引っ張られ、扉が閉まる瞬間に見えた安達の顔は、 『今度説明しなさいよ』 と、顔の化粧も割れるのでは、と心配する程に圧があるもの。 見て見ぬふりを決め込もうとしたと言うのに、夢にまで出てきそうだと、佑はがくりと肩を落とした。 店を出れば、タクシーが待っているのかと思ったがそこには誰も居ない。 飲み屋街と言うのもあり、人通りはそれなりにあるものの、金曜日や土曜日に比べると閑散とした街並み。 そんな街の様子をぼんやりと見ていた佑だが、いつの間にか握られた自分の手に隣を見上げた。 「…帰る、か?」 「…帰るけどー…」 ぷくりと膨れた頬と尖らせた唇。 こんなに乾燥した冬が近づいていると言うのに相変わらず艶やかな色と質感に見惚れるも、 「キス、してほしいな、佑」 「…は?」 ふわりと洩れた常葉の声に顔を歪めた。 「此処、で?」 「今がいい」 「帰ったら、な」 「駄目」 キッパリとした声と雰囲気からは、頑なに意志を曲げるつもりは無いと言っているのが伝わり、佑はごくんと唾液を飲み込む。 だが、流石に安達の店の前で男同士のキスシーンなんて営業妨害になるのでは?
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