遣らずの雨

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「で、何?それを佑よりも前にあたしにしたかったって暴露したかったって事なの?」 きっとこの店を選んだのもそれが一番の理由ではないのだろうか。 本人の居ないところでこんなデリケートな話をするのもどうかとは思うが常葉の意図に敢えて此方から近付く事を選んだ安達はちらりと男を見下ろした。 「まー…それもあるけど、聞きたい事もあって」 「聞きたい事?あたしに?」 はて?と首を傾げてみせれば、 「佑とは何の関係も無い?」 「ーーーーーはい?」 何て? その問いを何の捻りも無しに聞けば、そう言う意味で問うているのかもしれないが、引き攣る頬を何とか抑え、安達はニコリと微笑む。 「どう言う意味かしらー?」 「だって、佑って何かと言えば和さんのとこ来てるしさ。僕も妬いちゃうよね」 「………いやいや…あたし筋肉が美しい男がいいのよね、そんで年上」 出来たら一回りくらい。 「範馬勇○郎、とか?江○島平八くらい?」 国家を上げても倒せない様な男? 互いに顔を見合わせ、何とも言えない時間がその間を流れるが、肩を竦めた安達の無駄に力強い溜め息がそれを打ち破る。 ヘルプに来ていた組合員から注文を受け取り、酒の用意を始めるも、常葉の方へ視線をやる事も無く真っ赤な唇だけを開いた。 「あたしが聞く事じゃないのは分かってるんだけど」 「うん?」 彼の表情は見えないけれど、きっと穏やかに微笑んでいるのだろう。 「………いえ、やめておきましょう。人の恋路を邪魔すると馬に蹴られるらしいから」 「へー…」 馬にも勝てそうだけど、とは思っていても流石に言わない常葉は空になったグラスをカウンターへ。 「おかわり?」 マドラーでくるくるとグラスの中の酒を撹拌させる安達が、その手を止め新しいグラスを出そうとするも、それにストップを掛けた常葉はいらないと首を振る。 「明日朝から佑んとこ行きたいし、二日酔いはちょっとカッコ悪いっしょ。それに佑に気を遣わせちゃうし」 意外だ。 眼を丸くした安達の付け睫含めた瞼が大きく開かれる。 (あんまり…佑を振り回さないで欲しい、と釘を刺しておこうと思ってたけど…) 意外にもきちんと相手の事を思って行動する男の様だ。 派手な外見と遊び慣れた拭いきれない雰囲気に惑わされ、苦言をと思っていただけに拍子抜けした安達はそれなりに罪悪感を覚えてしまう。 「じゃ…烏龍茶でも飲んでおく?」 「うん、そうする」 ふわりと笑う常葉に烏龍茶を渡し、ようやっとテーブル席へと向かう後ろ姿に安達はうーんと顎に指を乗せた。 (遊び、じゃないの、よね?) 自分に向けられた嫉妬。 昨日の行動からも見てとれる独占欲。 そして、 (佑ってどちらかと言うと周りを観察するタイプだからなぁ) そんな佑に前もって気を遣わせない様に振る舞える、あのスパダリ力とでも言うか。 自分よりも年上を相手にしている故か、もしかしたら子供の様に見られたくないと言う意地もあるのかもしれないが、あれなら大丈夫かも知れない。 失って恋を忘れるには新しい恋が一番。 なんて、そんな今時古臭い歌詞なんて流行らないけれど、最近の佑がやけにすっきりとしていた理由が分かり、安達は内心ほっとしていたりもする。 (まぁ…) それがどれだけ重たかろうと軽かろうと小さかろうと大きかろうと、例え短い間でのお付き合いであろうと、佑の笑う姿には嘘偽りは無いのだろう。 「いざとなったらあたし達だっているしね…」 そうぼそっと呟き、賑やう若者達の姿をつまみにボキボキッと指を鳴らした。 ちなみにではあるが、 「ちょ、和ぃ!何あの美形っ!!銀色の、あの子っ!!」 「いやぁん、見てるだけで癒されるじゃないのぉ!」 「一度だけっ!一度でいいから、あんな絵画から飛び出た子とやってみたいわーっ」 「体付きだって、あれ意外と逞しいわよっ!あの腕かぶりつきたぁい!!」 はしゃぐ和の仲間内の視線は矢張りと言うべきか、銀色の美形に持っていかれた。 しかし、 「あたし、空条承○郎派なのよねぇ」 こだわりの強い和の好みは常葉等には惹かれず、その声はひっそりと店内に消えていくのだった。 ***** 現在朝の八時。 歯を磨いていた佑は急な来訪者に扉を開けるなり、眼を丸くした。 「ふぉ、ふぉふぃふぁ…」 「おはよう、佑」 まさかの早朝からの訪問。 しかも昨夜飲み会があったとは思えない程に新緑の様な爽やかな背景をバックに顔色もつやつやとキメの細かさを演出している。 (何で?連絡あったっけ?) スマホを確認してみるも、朝早くから来るなんて連絡の一つもない。 口をゆすぎ、歯ブラシを洗った佑は慌てて颯爽と部屋に入り込んだ常葉へと近づいた。 「今日、こんな早くから何かあるのか?」 もしかしたら時間潰しの為にきたのでは。 だったら自分は外出する、どうしたものかと、思案するも年下の恋人はそんな佑の様子に唇を尖らせた。 「佑に会いに来たに決まってんだろー」 「あ、そ、うなんだ」 「僕本当は昨日飲み会の後、直接此処に来ようかなって思ったけど、一度ちゃんと家に戻ったんだからな」 だから、なんだ。頭でも撫でろと言っているのだろうか。
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