遣らずの雨

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「…お前、もしかして酒セーブしたのか?」 「んー…何かテンションも上がんなかったし」 「そ、っか」 軽く頭を撫でて、無駄に整った顔にちゅっと口付ける。 途端にふにゃりと笑う常葉からぎゅうぎゅうに抱きしめられ、その背中をぽんぽんっと叩けば、ふふっと笑う声が耳を掠めた。 「で、こんな朝早くからどうした訳?」 「は?恋人は朝早くから会うもんでしょ?」 「………そうなのか?」 「てか、今日佑休みだろー?じゃ、尚更会わなきゃじゃん」 「………そう、なの?」 何処で決められたルールなのか法律なのか定かでないが、しかしこちらにも譲れないものがある。 「悪いけど、俺今日予定あるよ」 「は?聞いてない」 むすりといつもの様に唇を尖らせる常葉の額をぺちりとひと叩きし、 「お前だって今急に来たろ?」 と、反論も出来ないであろう事を言えば、がぶがぶと首筋を噛む奇行に走られた。甘噛み程度故に痛みはないが、これがまたタチが悪く、可愛い…と思ってしまう佑はぐっと拳を握りしめる。 「えー…じゃ、僕それまで、ぼっち?何しに、どこ行くの?」 「髪切り行くんだよ、伸び放題だし…」 ほら、っと前髪を掴み引っ張手見せると、それはもう鼻の辺りまで到達。 こんなに伸びたのは久しぶりだ。 「似合ってるけどなぁ」 佑の髪に手を伸ばす常葉はそんな事を言ってくれるが、流行り一応社会人。バイト先にも気を遣うのは当たり前の事。 「兎に角、予約もしてるし」 「じゃ、僕も行く」 「え?」 さっと立ち上がり、ハンガーラックから勝手に人の服を物色し始める常葉の行動は早い。 パーカーにパンツ、ジャケットをポイポイ投げられ、最後に頭の上に靴下が乗っかった状態の佑に、にこっと三日月を模った眼は本気だ。 「デートしよ」 ***** 行きつけの理容院に二人して行き、軽く揃えて貰うだけで終了の筈だったのだが常葉がこそりと、そこの店主に耳打ちし、にこにこと嬉しそうにワックス片手に戻って来たと思ったら、そこから髪を弄られる事、十数分。 「お、似合うな」 気の良い人間だなとは常々思っていたが、常葉により弄られた頭を前に上手いもんだなぁ、と笑う店主に佑は照れ臭そうに顔を伏せた。 ワックスとスプレーで整えられた頭は確かに器用だと思う。 ごてごてに固められたのではなく、あくまでもさっぱりと清潔感のある纏まり方。 その髪型のまま、金を払い、またねーっと手を振る常葉に店主もおうっと返事を返すのを見遣った佑は、これが要領が良いと言うモノなんだなと変な所で感心してしまった。 そして、どうやら本日は此処からが本番らしい。 「靴を見に行ってぇー、あ、あと冬用のコートと、お昼は何処にしよっかな」 人の眼も気にせずに、しっかりと佑の腕に自分の腕を絡ませる常葉の声は弾んでいる。 でもどうせ周りがこの状況下を見たとしても、きっと仲の良い友人か、親戚くらいにしか思われないだろう。 兄弟としては、 (無いな…) 顔面偏差値と遺伝子スタイルがまるで違う。 そう言えばデートなんて何か月振りだろうか。 常葉と所謂お付き合いを始めても昼間に出掛けるなんてしていなかった事に今更気付き、佑は首を竦めながら斜め上を見上げた。 「あ、そうだ。先に行きたいとこあるけど、いい?」 「あ?いいよ」 佑の答えを聞くなり、じゃこっちと絡めた腕を引っ張り進んだ先は何処かのブランドのショップ。 あまりブランドや流行り系に興味が無い佑はぽかんとその入り口を見遣るが、するりと腕を抜いた常葉は一人でその扉を開いた。 「ちょっと待っててー」 「…おう」 何かを注文でもしていたのか、覗き込んだ店内で何やら店員と奥へと向かっていく常葉が嬉しそうに笑っているのが見える。 (そういやアイツ…意外と良いもん着てるもんな…) ブランド物に疎くとも質感くらいは分かる。 シャツ一枚にしても我が家の洗濯機で洗うのも憚れるその材質。 知った事かとぽんぽん投げ入れてはいたが、人間ならば食あたりを起こすかもしれない。 ぼんやりと外を見回し、ふぅっと息を吐きながらまた首を竦めた佑の目の前はメイクショップだ。 勝負メイクは、だの、今年の冬のトレンドは、なんて一生ご縁の無い言葉が書かれたポップを眼で追いながら、店頭にあるワゴンにぱちりと瞬きをひとつ。 「お待たせ、佑、って…」 店から出て来た常葉が入り口に居る筈の恋人が居ないと気付き、くるりと見渡した先のメイクショップから紙袋をぶら下げて出て来た佑に思わずほっと息を吐く。 「佑」 「あ、悪い。逆に待たせた?」 「居ないから、ちょっとビックリはした…てか、何でメイクショップ?」 「ちょっとな。で、お前は?もういいのか?」 常葉が持っているショッパーの紙袋は思ったよりも小さい。 「うん」 がさがさとおもむろに手を突っ込んだ紙袋から取り出されたのはマフラーだ。 ブラウンを基調とした落ち着いベースの色合いに、くすみピンクや白い格子が入ったチェックのそれ。 何処と無く常葉には地味に見えると思ったのも束の間、それがぐるっと佑の首に巻かれると、ささっと整えられる。 一気に暖かくなった首元、だがそれ以上に驚いた常葉の行動。 眼を丸くする佑がそろりと首を撫でれば柔らかい感触が指先から伝わる。 「やっぱ似合ってる。僕の見立て天才じゃね?」
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