遣らずの雨

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「いや…え?何で?」 今置かれているこの状況が分からない。 首元がふわふわで温かい事しか情報が入ってこない。 「だからぁ、佑っていつも首竦めてんじゃん。寒いからでしょー?」 「………あ、あー…まぁ…」 マフラーを買おうと思っていたくらいには。 けれど、と、言う事は、だ。 「…俺に…?」 「この立ち位置で佑にじゃなかったら僕サイコパスじゃね?」 それは確かにそう。 確かに、そうなのだが、 (えぇ…) ブランド物らしい、しかも年下の恋人から誕生日でもないのに、こんな物を貰うとか。 いらんとこで疼くのは、佑の男としてのプライド。 男相手に抱かれて、今更何を言ってんだとセルフツッコミなんてとっくに終わっているが、それでもこれはいいものなのだろうか。 男とか、年上とか、そんなもの抜きにして人間として。 色々と考えてしまえば、身体が硬直し、背筋を季節に沿わない汗が流れていく。 (でも…でも、) そんなものは必要か? むきっとした安達は脳内でも無駄に鍛えた頬筋前で腕を組む。 『あんたは馬鹿真面目で馬鹿正直だから、そのベクトルたまには違うところに向けてみなさいよ』 ―――と。 別の、方向…。 「もしかして気に入らない?別の色とかもあるけど」 選び直す?と首を傾げる常葉に慌てた様に首を振る佑は、意を決した様にマフラーを指差すと自分でもわかる程の熱を顔に集中させた。 「ありがとう、正直…今日買おうって…思ってて…」 「え?そうだったの?」 「ん…だから、すげー有難いって言うか」 いや、と言うよりも、首を竦めていたとか、気付いてくれた事に、見ていてくれた事が、 (嬉しいだろ、これは) 建前無しの本音は結局これだ。 「良かったー、嫌がられたらどうすっかなとか思ってたし」 そんな事思う筈もない。 いつまでも、無駄に足掻いてこだわっていたのは自分だ。 コイツ… (俺の事、本当好きになってくれてるんだろうな…) そして、それは自分も。 天秤には世間様、生産性、常識がひと固まりずっしりと乗っていた筈なのに、無遠慮にやって来た常葉の脚が反対の天秤に乗った瞬間、思いっきり大きく傾いてしまった。 いや、ニコニコと微笑みながら敢えて踏み壊したイメージの方が強いけれど、それでも佑の中で抱えた気持ちは変わらない。 (…俺も、好きになってるかも、な) だって、 「ね、まじで気に入った?」 「うん、あったけーし。それに気持ち良い」 「そっか、うん…良かった」 ふわりと笑う顔がたまらなくかわいらしい。 「でも、こんな高いやつ…申し訳ないっつーか、気の毒って言うか…」 「何で?僕からのプレゼントってだけじゃん。年下だとか、関係ないよ。恋人からの、なんだから」 ぎゅっと手を繋ぐその姿がどうしようもない程に愛らしくて、 「さ、次行こう、次っ」 「次って?」 「今度は佑から服か靴選んでもらおーっと」 「人のなんて選んだ事ねーよ…」 掌から伝わる熱に、嬉しくて泣いてしまいそうだ。 服も買った。 靴だって選んだ。 途中別行動も挟み、昼食は適当にファーストフードで済ませ、当然の様に佑のアパートへ戻り、夜はうどんが食べたいなんてリクエストした常葉は本日も泊まりなのだろう。 お湯に溶かすだけのスープを作り、ささっとうどんを茹で上げ、器に入れる。 自分用の食器が欲しいと、今日の買い物ついでに常葉が購入した食器と箸はお揃いだと佑の分まである。 何だか照れ臭い様にも思えるが、本人が嬉しそうにしているのだから、これも良いかもしれない。 ネギと卵、蒲鉾が乗っただけの簡素なうどんを二人して完食し、これまた常葉のリクエストにより二人して風呂へ向かった。 湯船に浸かっている間、後から佑の身体を抱き抱える様にして首筋や肩にキスを送り続ける常葉に楽しいのだろうかと些か疑問にも思うものの、佑自身も言いようのない心地良さに、半ば諦め身体を預けた。 そうして、思い出した事と言えば、 「あ」 「あ?」 まだ髪が濡れた侭の常葉の膝の上でキスを受けながら胸を嬲られていた佑の眼が見開かれる。 「そうだ、俺、実はさ」 「うん?」 戦闘モードに移行している最中の急な会話に、常葉の方がぱちりと瞬きを繰り返すも、佑はそのまま続けた。 「この間の絵本のコンテスト…佳作貰って、一度話がしたいって出版社に呼ばれたんだ」 「え、そうなんだ。凄いじゃん」 「だろ?俺も初めての事だから、緊張してるんだけど」 「マジでおめでとう、良かったね」 お祝いだと言わんばかりに頬や額、唇にとキスを落とす常葉に佑もじわりと腹の辺りから熱を感じる。 「お前に一度見てもらったのが、良かったのかもしれん」 「そう?結局は佑の実力でしょ?で、いつ行くの?」 「え、っと…っ、今度の、火曜日…」 「すぐじゃん。楽しみだな」 そう言いながらパジャマ代わりのトレーナーをたくし上げ、現れた佑の胸にもキスを送る常葉の微笑む吐息がくすぐったい。 いかん、まだ言いたい事がある。 「と、常葉、ちょっと待って、」 「何?」 太腿に当たる固い感触に気づいてはいるものの、常葉の膝から降りた佑が引っ張り出したのは自分の鞄。 そして、 「あの、これ」 「ーーーーーーえ?」 これと言って出された物に常葉がはっと大きく眼を見開いた。 「……鍵?」 「合鍵、なんだけど」 ちゃりっと掌に乗せられた、それ。
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