遣らずの雨

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「僕に…?」 「……何かデジャヴだな」 「え、マジでくれるの?」 「お前がたまに俺が居ない時でも来るからだよ」 そう、この間といい、たまに佑が留守の間にもひょろりと来ては扉の前で待っていると言う事もあった。 これからもっと寒くなる。 それを踏まえて、今日のデートの途中で時間を見て合鍵を作ってみたのだが、受け取った常葉はそれをまじまじと見つめるとぎゅうっと握りしめた。 「やべ、嬉しい…」 「そ、そか、良かった…」 昼間とは真反対の二人の遣り取り。 勿論ツッこむ者等居る筈も無く、身体の関係から始まったとは思えない様な、初々しいほわっとした言いようの無い空気が流れる。 「じゃ…そう言う事で…早く髪乾かせ。風邪ひくから…」 「え、これってすぐエッチの流れでしょ?」 いいから行けと半ば無理矢理に常葉を洗面所へと叩き出した佑はごろりとベッドの上に転がると、背筋を伸ばした。 (アイツ…気付くか…?) こっそりと用意したのは鍵だけではない。 折角あんな女性だらけのメイクショップまで入って購入したのだ。 喜んでくれないと、意味がない。 洗面所でドライヤーを取り出し、スイッチを入れる前にヘアブラシへと手を伸ばした常葉が、『常葉用』とラベルの張ってある最近インスタ等で流行っている髪に優しいブラシを発見し、髪も乾かさず見事なダイブで佑の上から抱き付くのは、紛れもない真実だ。 ***** チャリ… 気に入って購入したキーケースには自宅の鍵とバイクの鍵、そして新参者としてやってきたのは、佑の家の鍵。 第三者から見れば、何の変哲もないただの鍵にしか見えないだろう。 「…………えぇー…」 解釈違いが過ぎると言うものだ。 学食冬の名物、夏の冷やし中華始めましたに対抗する、焼きグラタン始めましたのポスターに、焼いてないグラタンなんてねーだろう、と、突っ込みつつ、結局まんまとそれを注文した村山は何とも言えない表情で常葉を見遣る。 「…お前、合鍵受け取った訳?」 「当たり前じゃん。強請ってもいないのに、佑からくれたんだよ?」 踊らにゃ損とまで言われている界隈があるのに、受け取らない訳がない。 珍しく学食の鯖定食を食べながら、ふふっと笑う常葉は上機嫌以外の何者でもない。 「で、でも前に年上の、ほら、真っ赤な車に乗ってたお姉さん」 「えー…赤い車?」 「居たじゃん、すっげー美人の…あの人だってお前に合鍵渡そうとしてたのに、あれは断ってたよな」 ずずっと味噌汁を呑みながら、ふぅんっと斜め上を見上げる常葉は記憶を辿っているらしい。 しかし、 「そんな事あったっけ?つか、その赤い車の人って誰?」 不憫だ。 あまりにもあの時の女性が可哀想過ぎる。 熱々のグラタンを少しずつ覚まし口に運ぶ村山はとろりと口内で溶けていくチーズに眼を細めた。 ついでに野菜が足りないと今日は青汁も用意し、熱くなった口内をそれで冷やしていく。 「まぁ…いいけど、つか、思いのほか、そのなんつーか…」 ラブラブ、と言うか。 「そうなんだよなー。もう佑ってば僕の情緒すっごい乱すんだよね」 「……情緒?」 ホワイトソースの間に挟まれているミートと茄子が天才的に美味い。 はふはふと口内で空気を含ませながら咀嚼する村山がまたチラリと見上げた先には、はにかんだ複雑な浮かべる常葉。 「連絡無いと何してるんだろうって思うし、友達んとこ行くって連絡あっても何しに行くんだろうって思うし、優しくされたら嬉しいし、受け入れてくれたら何かむず痒いし、誰にでもこうだったらどうしよう、クソかな、とか思うし」 「………メンがヘラってんじゃねーかよ」 「ヤバいよなー…マジでぇ。でも、すっげーきゅんきゅんするし、キスされたらきゃーってなるし、身体の相性も最高にいいと思うんだよね」 昼飯時に何が悲しくて友人の、しかも同性の恋人の下事情なんて聞かなければならないのだろう。 「え、そうなのか、身体、合うんだ」 でも、聞いちゃう。だって男の子だもん。 「合う。歴代って言うか、いや、何かもう初めてセックスしたみたいに毎回気持ち良い」 「へぇー…」 それはそれは。 はむっとマカロニを頬張る村山と、鯖の骨を上手く避けながら身をほぐしていく常葉。 「あれだな、やっぱ気持ちが乗っかるとエッチでも何でも割り増しで気持ちよくなるんだろうな」 「気持ち?」 「だから、お前って今までの女には全然気持ちは無かったんだよな?それがここに来て好きって感情が出来ちゃったから、相手との行為も余計に気持ちが良いって話だろ?」 「へぇ…」 興味なさげに相槌を打つ常葉だが、唇の端が少し上がっている。 (コイツもそんな気持ち持つ様になったんだな…) 何て感慨深い。 感慨深いけれど、村山の脳裏に思い出されるあの赤い車の女性。 『年上で甘やかしてくれるし、僕が何も言わなくても色々してくれるから便利なんだよね』 やってる事は佑と何ら変わらないのにここまで違うとは。 国が違えば市中引き回しの上、磔からの獄門で石でも投げられそうな事を言っていたのに。 (恋が人を変えるって言うのは本当だな) まぁ、それでも社会不適合者には変わりない。 人間関係だって同じだ。 ワガママ気質のこの男に、年上の恋人は甘いかもしれないがどこまでそれを維持できるか、是非とも頑張って頂きたい。 最後の一口をスプーンで掻き取り、空になった皿へ手を合わせた村山は本日は綺麗に完食。 最後に青汁を喉を鳴らしながら、飲み干していく。 「佑と同棲したいなー。僕も家事するし、おかえりなさい、先にご飯?それともお風呂?それとも、僕?♡って、やりたいし、やってほしー」 ーーーーーーーぶはっ……!!!!! 舞う青汁は毒霧の如く。 本日からザ・グレート・カブキと呼ばれる村山だ。
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