遣らずの雨

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***** (疲れた…) ベッドに倒れ込み、ぐったりと手足を伸ばしたまま、数分。 手探りでバッグの中を漁り、財布を取り出すとその中から引き抜いたのは二枚の名刺だ。 佑を担当してくれた編集者の名前が表記された、それ。 女性かと思ったが意外にもやってきたのは男性二人で、腰の低そうな年配の男性が久保と名乗り、そしてくりくりとした眼が印象的な小柄な青年は白居。 最近この課に配属されたばかりの新人だと説明を受け、佑も慌てて頭を下げた。 初めての出版社ともあり、それなりに緊張していた佑だが席につくなり、にこっと微笑んだ年配の男の笑顔の柔らかさに自然と肩の力も抜けた。 話は一時間も掛からないものだった。 まず、開口一発目に、 『僕は君の作品が気に入ってます』 久保からそう言われ、えっと眼を見開いた佑の中にふわりと喜悦が浮かぶんだが、次いで言われた言葉にびしりと固まってしまった。 『ただ、キャラクターが薄い』 『そしてテーマが若干定まっていない様に思えます』 『物語絵本の部類に入るのでしょうが、言い回しもくどく感じます』 一カメ、二カメ、三カメ、段々と顔色が悪くなる佑へ、四カメが迫る。 『あと、はっきり言いますが絵にセンスが皆無です』 いや、 (知ってたけども…!!) 悔しがる事もしない程に自覚していたけどもショックはそれなりに。 だが、勿論それなりにフォローやアドバイスは詳しく、細かい所まで受ける事も出来たのは事実。 自分でも気付かなかった言葉の選び方、キャラクターももっとしっかり肉付けをとの言葉に、無意識に感心し素直に頷く佑がそこに居た。 ついでに久保の隣に居た白居も大きく頷いていたのが無駄に印象的だったが、最後に久保はにっこりと微笑みながら、差し出したのは封筒。 『宜しかったら此処から気に入ったイラストレーターの方々を参考にしてみてはいかがでしょうか?SNS等でチェックしていた、まだ無名の方ばかりですが、こちらから声を掛ける事も可能ですので』 ――――なるほど。 つまりはイラストはイラストレーターに頼め、と。 最後にまた持ち込みをお待ちしております、と言っては貰えたが何となくモヤモヤしてしまうのは一体なんだろうか。 むくっと起き上がり、名刺をテーブルへと置くと、貰った封筒の中身をそこへ広げる。 (絵本作家になりたいのに絵を他人任せにしないといけないと言う現実…) 勿論そんな絵本作家はたくさん居る。 けれども、佑の思う所はきっとそこでは無いのだろう。 ずらっと並べられたイラスト達。 淡いパステルカラーの色合いの人物イラストから動物達、背景までも描かれたそれらに、重々しい溜め息が零れた。 (可愛い…) 佑の作品を元に絞られたであろうイラスト達のそれら。 文句なしに可愛らしいものばかりだ。 むしろグッズ化されていても可笑しく無い様なファンシーな愛らしさを感じる佑だが、その表情は明らかに戸惑っていた。 (常葉のが…可愛いな…) ベッド横に置いている本棚から、そっと取り出した透明のクリアファイルに挟まれている一枚の絵を指でなぞる。 以前佑の文章だけを読んで、イメージだけで常葉に書いてもらった登場人物の女の子。 (めちゃ可愛い…) どうしたって、これがストライクど真ん中。 いや、むしろホームラン? どっちだっていいけれど、このイラスト以上の物が見当たらないなんて絶望でしかない。 かと言って、これを自分で覚えて描いてみよう、なんて気にもならない程にレベルも違う。 (どうすっかな…) ぼりぼりと頭を掻きながら、眉間に寄せる皺は別居中の夫婦の溝くらい深い。 今日はバイトだと言っていた常葉だがそれが終われば、きっと家に来るだろう。 もう一度絵を習うのもありかもしれない。 「……飯…ちょっとだけ豪華にするか…」 風呂も洗ってすぐに入れる様にしておこう。 ご機嫌を取りつつ、タイミングを見て駄目モトで頼み込むのだ。 そうと決まれば行動あるのみ。 すくっと立ち上がった佑は早速財布片手にスーパーへと向かった。 レンタル彼氏や恋人代理に利用されるのはお断りと言っておいた通り、本日のバイトはオープンしたばかりの飲食店のインスタ宣伝用のモデルとしての起用。 プロのカメラマンと言う訳でも無く、高性能のカメラを使用した訳でも無い、ただのスマホで店の店員が撮影しただけのそれだったが、出来上がりは何ら見劣りしない立派な宣伝写真となった。 途中興奮し過ぎた店員のテンションが爆上がりし、やたらと癖の強いカメラマンの如く、 『いいねっ!!!』 『最高っ!!!』 『む、胸のボタンひとつ外してみようかっ!!!』 と、息切れしながらシャッターを切る姿に思わず嘲笑を浮かべそうになった常葉だが、終わってしまえば後は帰るだけ。 担当に終了の連絡をし、店のオーナーに挨拶をすうると足早に外へと。 帰る場所は当たり前に恋人の家だ。 だが、 『あの、良かったら、今度一緒に食事しませんか?』 『そっちも友達連れて来ていいしぃ』 店の従業員数名から囲まれ、流石に常葉の眼がすっと細くなった。 考えるまでも無い、答えはノー。 『無理。知らない人間と飯とか嫌だね』 『えー、今から知っていけばいいよぉ』 『LINE交換しちゃう?私は全然オッケーだし』 『いいって。興味も無いのに、それ何の罰ゲーム?』 中々しぶとい女達へ、以前の常葉では考えられない対応は塩分過多。
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