遣らずの雨

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「えっと…じゃ、マジで頼んでいい、のか?」 「いいよ。佑が文章を書いたら、僕がそれにイラストを描いていくってかんじで」 「お、おぉ…」 自分の文章に常葉がイラストで彩ってくれる。 考えただけで気持ちが昂り、ふわふわとした、足が地につかない感覚に佑は今描いて貰ったばかりの絵をもう一度眺めた。 「そう言う訳でこれからよろしくね、佑」 「よ、よろしく、」 ぎゅっと抱きしめられ、よろめく佑だがこれから先が楽しみで仕方ない。 常葉の背中に恐る恐る腕を回せば、暖かさに泣きたくなる。 耳元を擽る吐息もひどく安堵感を持たせ、思わずうっとりと眼を閉じるも、 「じゃ、色々と考えなきゃだけど、お腹空いたなぁ、僕」 「あ、そうだった…!」 買ってきた刺身がそのままだ。 夏よりはましだが、いつまでも常温に置きっぱなしは流石にやばい。 「俺、飯作るから、お前風呂でも入ってていいぞ」 「やだ、佑と入る」 「あ、あぁ…そう、」 どたばたと立ち上がり、キッチンに向かう佑は夕飯の準備に取り掛かる。 そうだ、取り敢えずは飯を一緒に食べよう。 折角購入してきたこれらは元々常葉の為。 (い、祝い用に、なったかも…) 普段酒も置かない様にしているが、今からビールでも買ってきたい衝動に駆られる。 それくらい浮かれているのだ。 (嬉しい…マジで嬉しい) 自分の作品にこうやって賛同してくれる上に、一緒に作品を作る事が出来るなんて。 セットしていた米が炊けた合図もまるで、頑張れと応援歌の様に聞こえるから、なんたる不思議だ。 「……さて、」 佑が料理をしている後ろ姿を眺めながら、ふふっと目元を染める常葉はテーブルに広げてあるイラスト達を片していく。 これがあっては食事時に邪魔になる。 そう、文字通り、邪魔だから。 ーーーービリ、 ビリビリ 綺麗に千切れていくイラスト達。 舞台で使われる花吹雪のように小さく、細かく、邪魔だと思っていたそれも、そう考えると役に立ちそうだが、今使用出来るものでもない。 時と場合、それにマッチしていないのだから、仕方ない。 「使えないものは、ゴミー」 パラパラとゴミ箱へと放って行く常葉はにこりと微笑む。 「お呼びじゃねーっつーの」 ***** バイトが休みの日は創作活動に専念しよう。 今日は生憎の雨。 布団も干す訳にはいかない。 朝起きるなり、付けたストーブがようやっと室内を暖めただした頃、コーヒーを淹れながら朝食を作る佑はちらりとベッドへと眼を向ける。 殆どをここで過ごす常葉がまだ寝ている、そこ。 気付けば半同棲の様になっている。 生活費だとバイト代の何割かも入れてくれているが、それはあくまでも対等を保ちたいと言う常葉なりの気持ちらしい。 『だって、僕佑と同じ夢に向かうんだし?』 なんて笑ってくれるのが、たまらなく嬉しい。 (うーん…) いつだって常葉は佑の欲しい言葉をくれているような気がする。 ワガママな男で子どもの様に勝手に振る舞って入るが、それだけではないのも佑は理解しているつもりだ。 ずるっと落ちるシャツから覗くキスマークや噛み跡。 胸元はもっと凄い事になっている。たまに行っていた銭湯なんてもう絶対に行けない。 しつこいと言えば、むぅっと唇を尖らせ、形の良い眉が八の字を模るのだから、あざといの上を行き、結局許してしまう自分に自己嫌悪すら感じてしまう。 外から聞こえる雨音を聞きながら、焼いた目玉焼きを皿へと移し、冷蔵庫にある千切りキャベツの入った袋を取り出すが、ふっと目に留まった鶏肉をじっと見詰める佑はそれを手に取った。 (作ったら…喜ぶんだろうか) さっと一口サイズに切られた鶏肉をチューブの生姜と醤油に浸す。 目玉を焼いたばかりのフライパンにもう一度火をつけ、また冷蔵庫から取り出した溶いた卵を流し入れ、慎重に巻いていけば出来上がった卵焼きをキチンペーパーを敷いたまな板へ。 数本余っていたウィンナーにも切り目を入れ、まだ余熱の残っているフライパンへ投げ入れる。 「確か…此処に…」 随分前にもう使用する事も無いだろうと吊るし棚の奥に入れた筈。 (あ、った) 目的の物を取り出し、念の為と洗い、それを布巾で拭き上げると炊いた白米を右半分によそう。 空いた場所には野菜を広げ入れ、焼いたウィンナーと卵焼きを並べ入れた。 生姜醤油に漬け込んでいた鶏肉は片栗粉を塗すと新たに油を少し多めに敷いたフライパンで半ば揚げる様に焼くと先程の卵焼きの横に。 完成された弁当を前に、ふぅっと息を吐き、少し冷ます為にテーブルへと運んだ。 (…流石に気持ち悪いか?) 常葉の為に作った、その弁当。 大した物も入ってはいないが、これを持たせたら喜んでくれるだろうか。 それとも、重いと思われ引かれたりするのでは? まぁ、その時は自分用だと誤魔化せばいい。 今彼に離れて貰っては困るのだ。 絵本を作る大事なパートナー。 しかも常葉の描いた少女でなければならないと言う強いこだわりもできてしまった。 今更他人の絵なんて考える事も出来ない。 (出来上がる間だけでも…) その為にも常葉は欠かせない、何が何でも傍に居てもらわなければ。 ーーーー本当に、それだけ? もう少ししたら起きて彼は学校の為に家を出て行く。もしかしたら今日は自宅へ帰るかもしれない。 外の雨を窓越しに見つめながら、酷くなって行く雨にこれでは学校に行くのも一苦労だなと思うも、だったら今日一日くらい行かなくてもいいのでは、なんて思うのは何故だろう。 何処にも行けなくなるくらい、雨が降ればいいのにと思う事を何か言い方があった筈だ。 「あぁ、そうか…」 遣らずの雨、だ。
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