遠い日に掲げる青

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遠い日に掲げる青

鮮やかな銀色の髪の男はこの学校でも一つの名物でもあった。 目立つのはその髪色だけではない。 すらりとしたモデルの様な肢体に、足の長さはコンパス級。少し日本人離れしているにも関わらず、くどくない、すっきりといした涼し気な顔立ちは誰もが二度見し、その理由を問えば帰国子女のハーフだと言う謎設定。 恋人が居たが両親の反対に合い、それでも愛を育む中、交通事故に遭い記憶喪失になりながら擦れ違うイケメン御曹司と言う設定の韓国ドラマ並みだ。 それでもそんな自分の高スペックを鼻に掛ける事も無く、人懐っこさと愛想の良さで友人も多く、校内を賑やかに歩いている姿も珍しくは無かった。 授業態度では不真面目さで教師達も頭を悩ませる事もあったものの、その才能は確かで創立以来の天才が来たと実はこっそりと盛り上がり、姉妹校が見学に来ると言う、かなりのレア人物と名も馳せた。 そんな常葉は呼び出された会議室を出ると軽い足取りで荷物を抱え、やって来た食堂で村山と数人の友人がいるテーブルへと向かう。 今日は午前中に全ての授業も終わり、昼食を摂りながら大方何処かへ食事か飲みに行こうなんて話しているのだろう。 「あ、やぎぃ、こっちぃ」 勿論その中には友人枠内に居る女性達も居る訳で、自分の隣に座っていた筈の男を押しどけ、どうぞと席を空けてくれる。 「どうもー」 甘んじてそこに腰を下ろす常葉にご満悦に女は小鼻を引くつかせるも、早速と言わんばかりに村山が常葉へとニヤついた眼を向けた。 「で、何の話だったんだよ」 「え?」 「なんか噂じゃ、展覧会に選ばれたんじゃねーのって。うちの学校系列、全国から数人しか選ばれないってやつの」 全国にある姉妹校、系列校から数人選抜され、展覧会が開かれるのだが、それがまた大手から上場企業、著名人までも訪れると言う、アーティストにとっては一大イベント、これから先有効に使える太いパイプがゲット出来るかもしれないと言うチャンスなのだ。 その中でもどこのフロアに設置されるのか、指定されるサイズ等、細かい事もあるのだがそれでもチャンスには変わりない。 「で?実際どうなんだよ」 気になるのは村山だけではない。 周りに居る友人達も興味津々に常葉へと羨望に満ちた眼を向けるも、 「あー…確かに言われたぁ」 300号サイズ、油絵。 指定されたそれは、今までの展覧会の中でも大きいサイズ。 「え、すげ、いいサイズじゃんっ!」 「でっかいフロアの壁に一面じゃねーの、それ」 「すごーいっ、やぎの作品すっごい目立ちそうーっ!!」 「つか…噂本当だったんだ…」 ざわっと周りがどよめく中、常葉の腹も空腹を訴える。 「腹減ったぁ。僕ちょっと昼飯いい?」 「いや、お前飯どころじゃないってっ!!何、何描く予定なんだよっ、決まってんのっ!?」 「えー…」 「やっぱそんだけ大きいと描き甲斐があるよなー」 「夏に出された100号の課題だってしんどかったのにな…」 「ねぇ、やぎぃ。人物画とかでモデルが居るなら声掛けてよぉ」 本人よりも興奮している友人達の鼻息が荒い。折角飯を食うと言うのに、生暖かい得体の知れない空気で覆われるのは嫌だなと思うものの、口元が緩むのを抑えられない常葉は鞄から袋を取り出した。 俗に言うランチトートと呼ばれるそれ。 ピタ、っと止まったのは周りの声だけでは無い。 動きも一斉に止まり、視線だけが常葉に注がれる。 「いただきます」 両手を合わせて、蓋を取るそれは弁当と言うものだ。 しかも、手作り。 「え」 それに思わず声を上げた村山。 見て分かる。 それはきっと、常葉が言う、恋人から作って貰った物だろうと。 もっもっと頬を膨らませて食べ進めていく常葉の満足そうな顔が物語る。 中身が豪華でも、色鮮やかでも無いと言うのに、その至福の笑顔。 「え…やぎ、それ、どうし、たの…?」 流石は強者。 こう言う時はこんな空気の読めない、いや、空気を割って出しゃばる女の存在は有難いと言うもの。 しかし、大体の検討がついている村山の顔色はすこぶる悪くなり、話題を何とか変えようと普段使いもしない脳みそに急遽皺を植え付けようとするも、 「僕の恋人が作ってくれたんだよね、すげぇ旨いわ、めちゃ愛情感じるー」 さらりとした答えはまるでそよ風の様に。 ーーーーシン… っと、静かになった食堂の一角。 常葉の隣で真っ白になっている女を見遣り、あぁ…っと小さく呟く村山はその眼をふっと伏せた。 「え、」 「展覧会だろ、出さねーよ、あんなもん」 朝降っていた雨も止み、二人して下校する途中、何食わぬ顔してそんな事を言ってのけた常葉に呆けた様に見上げる村山からは『は?』『へ?』『え?』っと間の抜けた声しか出てこない。 「僕これからちょっと力入れたい事出来たし、そんな事とかやってる場合じゃないんだよなぁ」 さも当然の様に言ってのける常葉の声からして嘘は言っていない。 からかっている声音とも違う。 けれど、 (い、いや…こいつ何言ってんの?) 正気だろうか。 あの展覧会に作品を出すと言う事はもしかしたら投資してくれる相手も見つかるかもしれないのに、それだけではない、留学だって出来るかもしれない。 「い、いやいやっ、お前何言ってんの!」 心の声はそのままに。 拳を握ってしまうのも仕方が無い。 「お前誰もがあの展覧会に出したいって思うんだぞっ、そ、それを辞退すんのかよっ!」 「僕は出したいなんて思った事ねーし。むしろそんな時間が勿体無いね」 ふっと片方の口角を上げ、微笑を浮べる男は今日も造形美に狂いも歪みの欠片も見当たらない。
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