遠い日に掲げる青

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「えー…だからって…」 「僕が辞退すれば、次の人にもチャンスが来るんだからウィンウィンだろ?」 それをウィンウィンと言っていいものか。 何となく複雑な気持ちになる村山だが、そう言われてしまえば、これ以上何も言う事も出来ない。むしろ気になるのは常葉の言う、『これからちょっと力入れたい事』だ。 確かに常葉が将来こういった芸術関係を生業にしたい、と考えているとは思えないのも事実。 絵を描くのは好きなのだろう、創作する楽しみは知っているのだろう、けれど、それは今楽しいだけだから、とそんな子供のマイブームの様にも感じる。 何事にも本気が見えない、と言った方が正しいのかもしれない。 そんな男が力を入れたい事とは? 気になる、妙に気になってしまう。 好奇心は誰の中にでもある当たり前の事。その上、普段から何考えているか分からない男のやりたい事なんて、気にならない筈もない。 「えーっと…で、お前は何したいんだよ」 「んー」 雨上がりの曇天。 常葉の薄い色素の眼に、ほんの少しだけ青い空が映り出す。 「恥ずかしいみたいだから、まだ内緒」 「は?」 どう言う意味? はぁ?っと文字通り眉を顰める友人ににっこりと微笑む常葉はそれ以上語らない。 ーーーーあぁ、はいはい (あの人絡みな訳ね…) もうすっかり常葉の表情ひとつで何を思っているのか理解出来る様になってしまった。クイズ常葉でも無い限り、絶対に役立ちそうにもないと言うのに。 でも、そう言う事ならばきっと何を言ってもこの男には無理だなと言うのも容易に想像がつく。 「…あ、そう…じゃ、今日は見逃してやるよ」 「何それ、この間職質受けてた村山の癖にウケる」 「う、うっせーよっ!!つか、何で知ってんだよっ!?」 「お前がその時合コンでゲットした女もいたんだろ?その女が言いふらしてたらしいけど」 「クソだわ、本当…」 あははと笑う常葉の上機嫌さはきっと今日の弁当も要因している。 それくらい恋人とやらに傾倒しているのだ。 でも、 (本当にそれでいいのかね…) 結局言えなかったその言葉は、村山の口内で誰に知られる事無く、噛み潰された。 物語を作る云々の前にキャラ固め。 意外と事細かく、誕生日があるくらいキャラを設定してあげると、作り手も読み手ももっと物語が楽しくなると編集者の久保に教えられた通り、常葉の絵を片手に佑はせっせとペンを動かした。 (名前も…適当にハナちゃんとか読んでたけど本名とか考えてなかった…年もこれくらいかなーくらいの曖昧さ……) 出てくる登場人物や動物達の設定ももっと細かくしていきたい。 設定がきちんとした際にはもう一度、きちんと常葉に色を付けた状態で登場人物達だけを描いて貰いたいなと言う欲さえも生まれる。 年と誕生日に血液型、好きな食べ物や苦手な事。 こうやって考えていくと自然と性格や嗜好が浮かんでくるなと、不思議な気分に佑はごくりと喉を上下させた。 「えーっと…」 やばい、楽しい。 うずうずとするこの感覚。 小さい頃、絵本を読んで楽しいと思っていた気持ちに似ている。けれど、その時よりもっと、 「ただいま」 「うっ、わっ…!!!!ぐっ、あ、いってぇ…!!!」 背後から掛けられた声にびくっと大袈裟なくらいに跳ねた身体は浮いたのではと思うくらいの反射。 それと同時にテーブルに強かに打ち付けた膝からの鈍痛は佑を涙目にする。 「お、前、驚かせるなよ…!」 ぎっと睨んだ先に居るのは当然の如く常葉。逆に常葉で無かったらもっと恐ろしいのだが、痛みと驚愕からそんな事思いもしない佑は殴打した膝をしっかりと抱えた。 「んだよ、呼んでも出てこなかったの佑じゃん」 むぅっと唇を尖らせる常葉は上着を脱ぐなり、そのまま佑の元へと座る。 ぷくっと頬まで膨らんだあざとい表情で。 「あー…まじか、悪い」 目の前に座った常葉の後頭部を掴み、痛みに耐えながらも、ちゅっと自分の唇を押し当ててやれば、常葉の雰囲気が柔らかいものへと変わるのが見てとれた。 「ただいま、佑」 「おかえり…」 お邪魔します、ではなく、ただいまになったのはいつ頃だったか。 すっかり我が家の如く、勝手知ったる顔で上がり込む年下の恋人に嫌な気なんて塵程もなく、むしろ可愛らしく嬉しいと思ってしまう自分は一体何の病気なのだろうか。 安達は勿論、他の友人にだってこんな姿見られたくはない。 「で、何書いてたの?」 当たり前の様に佑を膝に乗せ、ぬいぐるみを抱きしめる様にその腰を引き寄せる常葉はベッドを背にテーブルにある紙を手に取った。 「あ、設定、って言うか…」 「へぇ、細かいね」 「お前が描いてくれた絵を見てたら、楽しくなってどんどん進んで行ってさ」 「僕の絵?」 クリアファイルに挟んで綺麗に保護してあるそれに気付いた常葉がふふっと嬉しそうに笑う。 「えーなんか、あれだね」 「あれ?」 「えっちぃって言うか、」 「は?なんでだよ」 シャツの裾から這い上がり、佑の背中を撫でる佑の指。少しひんやりとした感覚がぞくりと腰を揺らす。 「何か、それを使ってオナニーしてるみたいって言うか」 「おな…!って、お前…意味分からん…」 常葉の想像力に追いつかない。
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