遠い日に掲げる青

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全てが斜め上を行く、いや、上を行くのも高速過ぎて最早見えないレベルだ。 (…オナってるね) でも、その表現の仕方もあながち間違えでは無いかもしれない、と思う所も無い訳では無い。 あの絵を見て、常葉を思い出さないなんて事が無いのだから。 しかも、色々と気分が乗ってくるからか、高揚感と興奮にアドレナリンが放出しているのかもしれない。 勿論それで下半身が元気になるかと聞かれたらなる筈も無い。 変態系イロモノにも程がある。 「で、構成とか進めそう?」 首筋に当たる常葉の唇にくすぐったさを覚えながら、諦めた様に目の前の肩へと額を当てる佑はぼそりと口を開く。 「今までに無いやる気は出てる。前回よりもこうしよう、とか、ああしようとか、楽しいかな…」 「いいじゃん、作り手が楽しいなら読み手も楽しいって感じるだろうし」 「そ、う、だよな…」 そう、一生懸命作って、作品を完成させたい。 常葉が協力してくれる。これ以上無い味方であり、戦力。 癪ではあるが、そこに座っているだけでも目の保養になり、人によってはそれだけでやる気に繋がる様な男なのだ。 その男から絵を提供してもらえるなんて、しかもドストライク、運命とも言える絵を。 (頑張ろ…) 何故なら、決めた事がある。 いや、本来ならばもっと早めに決断すべき事だったのかもしれない。 けれど、欲が出て、勘違いして、由衣からも否定され、意固地になっていたのだろう。 (これが、最後だな…) 諦めるには早すぎる? そんな事は無い。 目的はどんな形であれ、あった方がいいのだから。 次に目標を作ったっていい。 就職して、見つかる何かもあるかもしれない、と言う希望もある。 (まぁ…その時にコイツも居てくれるとはかぎらんけどな) 未だ耳元やつむじに向かってキスをする常葉の背中に回した腕にぎゅっと無意識に力を込めた佑は小さく鼻を鳴らした。 久保からの呼び出しで出版社に向かったのは、その一週間後の事だ。 「あ、松永さんっすね、どうぞ!」 対応してくれたのは先日久保の隣に座っていた青年。 小柄だと思っていたが、その分フットワークは軽く、さっと空いていた会議室に佑を通すと、素早く茶を出し、 「久保さん、今ちょっと打ち合わせしてるんで少々お待ちくださいっ!」 と、頭を下げてくれた。 「あ、ありがとうございますっ!」 こちらも釣られて頭を下げれば、かちっと視線が合い、にひひと笑う姿が人懐っこさを垣間見せる。 「ぶっちゃけ松永さんて俺等と同年代くらいっすよね」 「あー…今年二十五になりました」 「そうなんすね、じゃ、年下かぁ」 「え、マジですか?えっと、白居さんでしたっけ、 年上…?」 「三十路前っすよ…」 小柄で童顔が災いしてなのか、大卒ぐらいだと思っていたが、まさかの年上とは。 馴れ馴れしくタメ口なんて聞かなくて良かったと、内心ほっとする佑に白居は少しだけ頬を膨らませた。 「前はグラビア担当の方だったんすけど、ちょっと疲れた頃にこっちの配属されて…慣れない事ばかりですけど、松永さんの担当も研修とは言え、させて貰うんで宜しくお願いしますっ!」 グラビアに疲れるとは? 一番どうでも良い所に食いついてしまった。 一瞬挨拶の遅れた佑が慌てて頭を下げた所にタイミング良く会議室の扉からノック音が聞こえた。 「いやいや、お待たせして申し訳ないです」 にこりと入って来た久保が編集者の一人と持ち込み作家志望の男が同時に頭を下げると言う絵面に一瞬、びくっと身体を揺らしたものの、すぐに何事も無かった様にテーブルへと近づき、『さて』と話を切り出す辺りが年季の違いが伺える。 「あれから絵の方は気になった物はありましたか?」 久保の分のコーヒーも加えられ、対峙する佑はそうだったと今更ながらに思い出した。 気付けば無くなっていた、久保に貰っていたあのイラスト達。 常葉に聞けば、 『もういいじゃん、僕がいるんだし。次そう言う事言ったら浮気だから。根に持つし、容赦しないから』 と、可愛らしくプー垂れられ、すっかり失念していた。 「あ、あの、実はイラストを描いてくれる人が見つかりまして」 「おや、そうですか?今拝見出来るものはありますか?」 促される侭、持って来ていたクリアファイルを差し出し、佑はドキドキと目の前の二人の顔を伺う。 「…へぇ」 感嘆の声は久保の物。 素の声なのか、低い声と共に目を見開き、胸ポケットに挿してあった眼鏡を取り出すと、まじまじとそれらを眺める。 隣に居た白居も同じく、『おぉ…めちゃうめぇ…』と声が洩れた。 そうでしょうとも。 大きく頷きたくなる衝動を堪える佑だが、その表情は何処か誇らしげに、ニマニマと緩む口元はひくついている。 やはり常葉の絵は通用するのだ。 今まで何まいも何通りも絵を見てきたであろうプロも唸らせるほどの。 「この方、上手ですね…愛らしいと先に感じるけれど、よく見たら全部のディテールまで丁寧だ」 「で、ですよね、」 思わず、そう口を開き、前のめりになる佑を久保が見詰める。 「恋人、ですか?」 「ーーーーーえ?」 「あ、いや、間違っていたらすみません。でも、あんまりにも松永さんが嬉しそうなんで、」 久保もそんなプライベートな事を聞くつもりはなかったのだろうが、あまりにも嬉しそうに眼を細める佑につい口を突いて出たらしい。 そ、 (そんなに…分かりやすい、のか、俺…) 以後絶対に気をつけよう。 引き攣り、乾いた笑いを浮かべる佑は心からそう思うのだ。
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