遠い日に掲げる青

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両肩に、そこら辺に居た怨霊全てを吸い寄せ練り歩いているのでは、と思うくらいに酷使され重くなっている己の腕。 その先にはしっかりと握られた紙袋。 勿論ひとつでは無い。 「くそ重たいんだけど…」 「何よ、しっかり持ちなさいよね。落としたら承知しないわよ」 無駄に鍛えたそのフルコンタクト空手の選手も真っ青な腕で持てよ。 そう言いたいが、ぐっと口を噤み安達へ恨めし気な視線を送るだけの佑は仕方なしにもう一度袋を握り直すとむんと胸を張った。 『荷物持ちに付き合いなさい』 数か月に一度こういった誘いはあったものの、今日は量が違う。 何かとち狂ったかのように、手あたり次第に気に入ったものを購入していく安達はまるで鬼神だ。 あと一回でも刺激でもすれば、上半身の服くらい、ふんぬっのひとつでビリビリに割いてしまうかもしれない。 いらんのだよ、そう言うサービスシーン。不要の極み。 「おい、いつまで買い物するんだよ」 折角の休みに何故にこんな筋肉オネエとショッピングなんてしなければならないのか。 「あたしが満足するまでよっ!」 カツっと鳴らせるハイヒール。 床は大丈夫だろうか、ヒビとか入っていない?ところでその体格を支えるヒール丈夫過ぎませんか。鉄骨でも入ってる? 言える筈もない事をぼんやりと考えながら、はぁ…っと溜め息を吐く佑だが、一応大方の予想はついている。 (フラれたな…) 前回はやけ食いだった。 その前はやけ酒。 余談だが、このやけ酒時には暴れたりしたらどうしようかと津野達と共に馬用の麻酔銃出も用意しようかと真剣に話し合ったりもしたのだが、ぷつっと切れて倒れる様に眠りについた安達に必要なのはフォークリフトだったと言うオチ。 そして、今回この爆買い。 (何だっけ…ハイエースとかじゃなくて、チャギントン…あ、トーマスだ、機関車の方) きっと彼と別れがあったのだ。。 佑の両手に握られた紙袋には靴、鞄、アクセサリー、コスメ。ヒョウ柄のフェイクファーコート。 タイトなスカートも欲しいと風を巻き起こさんばかりに進んで行く安達の後を着いて行く佑は一体どんな関係だと思われているかも気になる所だ。 津野と岡島と合流したのは、サスペンダーすらも弾け飛ばす勢いの安達のいかり肩が三センチ程下がった頃。 すっかり日も暮れ、街灯りでキラキラと闇を照らす。 冬の空気の透明度はそれを反射させ、至る所にイルミネーションの様に街を飾っているかのようだ。 明日からは三連休と言う前の日、いつもよりも歩く人も飲食店で談笑する人も多い。 心浮かれる前夜祭とでも言うのだろうか。 「とぉぉぉますがぁぁぁぁぁ!!!!ひどい゛の゛よぉぉぉぉぉ!!!!あたしを置いて、母国なんかにがえ゛っでぇぇぇぇぇ!!!!!」 この店以外は。 結局やけ酒にも付き合う羽目になるとは。 しかも、引き摺られるが侭に入った店は安達の知人の店らしく、雄叫びを上げる安達の隣で『わかるわ〜わかる〜!!男って皆んなそうっ!!』とさめざめと左官作業の様に背中を摩る店主も涙と共に色んな物が顔面から刮げ落ちているが大丈夫なのだろうか。 げんなりとグラスを傾ける佑に、 『え…トーマスって何?機関車?』 『エジソン?』 津野と岡島からの訝しげな視線を寄越すも佑自身そんな機関車だか発明家だか、トーマスの正体を知らないのだから教えようも無い。 「お目当ての男にフラれたらしい」 それだけ告げれば、あぁっと二人して肩を竦め、酒とつまみを放る。 「母国に帰った、って事はやっぱ外国の人だったんだろうね」 「そうだな。田舎に帰るとかじゃないみたいだしな」 生粋の日本人で地方出のトーマスだったら逆に気になるところだが。 「安達も失恋かぁー」 『も』とは何だ、『も』とは。 明言されないだけで憐れんだ視線を向ける岡島に引き口元を引き攣らせると、隣でぐいっと一気にグラスを煽った津野がふぅーっと肩から力を抜いた。 「まぁ、でもやけ酒で済む様な関係で良かったと思うけどな」 「どう言う事?」 首を傾げる岡島に津野が続ける。 「いや、だって、これで深い関係になってたらこんなんじゃ済まないだろ」 「……深い関係、って?」 何だろう、妙にざわざわとする。 「その国まで追っかけようとしたり、酒だけ飲み続ける様な生活続けたり、それで立ち直れないくらい憔悴したり、みたいな?」 「安達って憔悴したら筋肉から落ちるのかなぁ?」 「んな事知らねーけどさぁ、取り敢えず放っておけば次の恋愛くらいまた見つけるだろ」 何だかんだ安達の事を心配しているらしい津野のぶっきらぼうな物言いに、くすくす笑う岡島だが佑は氷の入ったグラスをじっと見つめた。 (深入り…って、何処までが、) セーフラインなんだろう。 例えば、自分だったら。 (常葉…が、もし俺の前から去る事になったら、って事だよな…) いつもの軽いノリで、 『彼女出来たから、ばいばーい』 なんて、笑って手でも振られたらどうなるのだろうか。 いや、今の常葉だったら決してそんな感じで別れを告げる事は無いだろうが、それでも、 (やけ酒?大泣き?何かどれもピンとこねーけど…) また一人になった時、どう思うか。 由衣の時とは、違う気がする。
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