遠い日に掲げる青

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無自覚に寄った眉間の皺を感じつつも、前よりも短くなった前髪を払う佑は眼を伏せる。 「俺も野郎だけどな…」 言うつもりは無かったけれど、どういうつもりで言っているんだと、小言の一つでも言いたくなってしまったから仕方ない。 しかし、 「は?佑は佑でしょ?男とか女じゃなくて、僕の恋人だからいいんだよ」 何言ってんの? と、ばかりに眉を潜める態度は佑の眼を丸くさせる。 大体出会いが男とやってみたい、なんて聞きようによっては総批判を食らう様な内容だと言うのに、ここに来て男と女で隔てていない、とか。 (こい、つ…) ――――嬉しい…が、過ぎるだろうが。 (マジで好きじゃん…俺の事…) 佑の中で比較対象の由衣はもう出てこない。 それ以上にこの綺麗な男だけで満たされる。 引き攣りそうになる顔面を大人としての意地で押さえるも、一度溢れた歓喜に似た感情はそう消えそうにもない。 「何でニマニマしてんの?」 「…別に…つか、その客大丈夫なのか、これから先」 怪訝そうな眼を向ける常葉にとっては佑の存在はそれくらい当たり前の事らしく、直視できない恋人は照れ隠しに誤魔化し混じりにそう問う。 実際、ストーカーにでもなられたら困るのは常葉だ。 「あー一応会社の方にも伝えておいたし。ブラックリスト入りじゃね?所謂出禁?」 「…ブラックリスト」 「もうこのバイトも辞めようかなー。今日の依頼だって確かに友人としての数合わせだったけど、合コンみたいな感じだったしさー」 どうやら依頼人から友人として数合わせに呼ばれたはいいが、結果はただのヤリサー紛いの合コン。 しかも、予想以上に高身長の外見スペック天井打ち上げた男が投下された事で、ドキドキワクワク、フィーリングカップルからのカップル誕生♡ なんて成立する筈も無く、女たちが集中、一人勝ち状態になってしまった常葉だが、その裏では男からも狙われていた、と。 (美形も大変なんだな…) 風呂上りに絹糸の様な銀色の髪をブローし、作った夕食をテーブルへ並べてやれば、ブスくれていた常葉の機嫌もすっかり右上がりに戻ったようだ。 『美味しいー!』とニコニコとパスタを箸で食べる常葉に佑も満更でない笑みを浮かべる。 (今度はフォークとか、スプーンも揃えた方がいいかもな) 箸や食器は揃えたが、もっと常葉用に購入しておいた方がいいかもしれない。 給料が出たら買い揃えに行くか。 ありがとう、ダ〇ソー。 そんな事を考えながら食事を終え、食器もさくっと洗ってしまった常葉がベッド脇に座る佑の隣へと甘えた様に体重を預けて来た。 「…重い」 「あのさぁ、佑ー」 「ん、」 ちゅ、ちゅっと当てられる唇が柔らかくて心地良い。 何かとつけてキスをしたがるのは彼が帰国子女だからか、ハーフだからか。 自分はこんなに眼が合えばキス、テレビのCM最中にキス、話しかける前にキス、なんてしていただろうかと一時期は真剣に考えたものだが今となってはどうでもいい事だ。 「佑さぁ、僕の事好きって言ってくれたじゃん?」 「あぁ、まー…な」 何いきなり確認とか恥ずかしい。 何プレイが始まったんだと、警戒するも、 「でさ、このアパートって一人暮らしの契約なんだよな」 「…へ、あー…でもお前が泊ってても別に大家からは何も言われてねーけどな…」 「あ、そう」 ぐりぐりと今度は頬を合わせてくる常葉の肌も柔っこい。もちもちとした感覚だが、さらりとした素肌は余分な脂等出たりはしないのだろう。 この家で特別何かスキンケアをしているのを見た事が無い。よく女優にあるあるの『本当に何もしてないんですよ~』『普通のスキンケアくらいです~』の台詞も常葉ならば信用しかないと言うものだ。 「僕この部屋嫌いじゃないんだよね」 「…はぁ」 がっちりと首に回っている常葉の腕を撫でながら、スマホで明日の天気を確認する佑だが、そろそろ腰がやばい。 「防音がまずいいよね。狭いから二人でくっついてるのが正当化できるし、常に佑の気配も分かるし」 「…え、何?何の話な訳?」 「たださー、風呂が狭い。二人でぎゅうぎゅうじゃん」 「二人で入る様には作られてねーからな」 「あとベッド。シングルでくっ付いて寝るのは幸せ感じれるけど、思いっきり動けねーのが辛い」 「いや、本当…何、が言いたいの、お前」 ベッドの上で反復横跳びでもするつもりなのか。 ……いや、 (え…ちょっと待て…あれで思い切り動けてないとか、言うのかよ…) もしかして、あちらの事? さぁっと蒼褪めた佑に気付いているのかいないのか、定かではないが淡々と常葉は続ける。 「風呂だって本当はお風呂エッチもしたいし。風呂場なら何出しても大丈夫だしさぁ」 ――やっぱりだよ。 真顔できっぱりとそう告げる常葉の言葉には迷いが見当たらない。迷子とか皆無。 (……何、出しても、って何?何を出さそうとしてんだ?) 色々な疑念にひくっと表情筋が上下するも、この話の中枢が見えない佑は取り合えずと常葉の方へ首を回すと、不穏な面持ちで口元を歪めた。 「えっと、何が…言いたい訳、お前」 もしかしてラブホにでも、たまには行きたいと言うお強請りだろうか。 給料が出た後ならば一度くらいあってもいいけれど、と頬を染め、口をもごつかせるが、 「違うって、だからぁー」 「はぁ?何、」 「一緒に住みたい、同棲したいって話」 鈍いなぁとぼやく常葉の言葉に、その眼は大きく見開かれる。
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