遠い日に掲げる青

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「どう、せい?」 「何かさぁ、ほとんど僕此処に入り浸りだしさぁ。合鍵は嬉しいけど…一緒の鍵で一緒の家がいいなぁって思うんだけど、」 佑は? 少し照れくさそうに眦を赤く染め、整い過ぎた顔を近付ける常葉に、ぐび、っと不可解な音が喉から鳴らした佑は、ゆっくりと身体の中から用途不明の熱が上がっていくのを感じた。 出会って半年が過ぎたとは言え、同棲って早くないか? バチっと音がしそうなくらいの勢いで眼を開けた佑の目に映る、お世辞にも綺麗とは言えない部屋の天井。 隣で自分の腰をしっかりと抱き締めて眠る常葉を起こさぬ様、身体を起こしその手を剥がした佑はベッドから降りるとすとんとカーペットの上に座り込んだ。 (えー…同棲…かぁ…) 常葉と一緒に暮らす。 それは今の状況と違って、いつ家に来るだとか、来れないだとか、 『また来るね』 と、言う挨拶が無くなると言う事。 「え、えー…えぇぇ…」 考えるだけでドキドキと心臓が煩い。 男同士、結婚と言う概念が元々無いからか、同棲がかなりの意味を持つと持論を持つ佑が悩まない訳が無い。 しかもくどいようだが相手は学生。 両親は海外だと言っていたが勝手にどうこうしてもいいものだろうか。 (若いからなぁー…絶対にノリと勢いもあるだろうしなぁ…) 正直元カノ由衣とも同棲なんて思考には至らなかった。 それは元々同棲と言う概念が無かった上に、就職もしていない自分の不甲斐なさ、それは夢があるから、と言うのが一番大きいかもしれない。 「……でも、な」 常葉は佑と一緒に夢をおってくれると言ってくれた。 好きだといってくれているのも、嘘ではない。 と、思っている。 「本を作るなら、一緒の方が、いい、か…?」 誰に問うでも無い疑問は静かに室内に消えて行くが、ほわりと灯った熱は未だ消えないまま。 ちらっと振り返った先には、普段よりも幼く見える常葉の寝顔。 (本当に…) 本当に、お前、 「俺でいいのかよ…」 はぁっと肩を落としながら、洩れる溜め息は何処に落ち着くのか、知る事もない佑はくしゃりと髪を掻き上げた。 そんな佑の戸惑いを知ってか知らずか、『はい』と出されたチラシの束にバイトから戻ったばかりの佑は、ひくりと口角を引き攣らせる。 それは全て不動産の広告。 賃貸のアパートから、マンション、中には戸建ての家まで掲載されている物件ばかりのそれ。 「え…お前、これ貰って来たのかよ」 「善は急げって言うんだろー?えーっと、あと何だっけ、思い立ったが吉日?だっけ?」 シーフードカレーを作ったとエプロンをひらりと翻しながら、おかえりのちゅーなんてしてくる常葉に内心可愛い、と悶える佑だが流されてはいけない。 今日だって一日考えていたのだ。もちろん優先はバイトだけれど、合間合間に考えた。 「あ、あのさ、常葉」 「うん?」 「同棲の、話だけどさ」 「何?」 チラシをテーブルに置き、上着とマフラーをハンガーに掛ける佑に常葉がにこりと笑みを見せる。 嬉しそうなその笑みは、佑がノーとは言わないと思っている風にも見えるし、ノーとは言わせない、そんな風にも見えてしまう。 ごくっと動く佑の喉仏。 「今度内見する?」 「いや、んー…」 「………何、はっきり言いなよ」 唇を尖らせる常葉も、矢張り振り幅が凄い。振り回される感覚にぎぃっと歯を食いしばり、悶えるのを耐えるのも一苦労だ。 「今すぐは、無理って言う、」 「何で?」 被せんばかりの質疑に佑の顔がまたが引き攣るが、あからさまに変化した常葉の雰囲気に慌てた様に首を振った。 「違う、嫌とかじゃなくてだな」 「じゃ、何?はっきりしてよ、日本人」 無駄に言葉を選ぶ日本人とでも言いたいらしい。 (どうせ、典型的な日本人だよ…) 此方の方がむくれたくなるも、こほっと咳払いをひとつ。 ーーーーきちんと伝えないといけない。 流石に流されっぱなしは、常葉にも失礼だ。 「今の絵本、」 書き終わったら、って事でどうだ? ぽつりと俯き加減にそう言えば、くるりと常葉の眼が瞬く。 紅茶色した眼いっぱいに映る自分の顔は一体どんな表情をしているかは確認もしたく無いが、きっと、 「ーー佑、真っ赤」 あははと笑う声にちぃっと舌打ちが出そうだ。 けれど、ぎゅうっと抱き締める腕に、頬に当たる佑の肌に、思わず眼を瞑ってしまった佑はふっと息を吐いた。 「やばーっ、すげー嬉しい、めちゃ楽しみーっ」 「そりゃ良かったよ…」 鼻を擽るのはカレーの匂い。常葉のエプロンから香るもの。 二人の間で籠った熱がスパイスの匂いを濃くしたのだろう。 なのに不意にぐいっと両頬を掴まれ、ちゅっと落とされるキスがひどく甘い。 常葉の浮かれように今更だが羞恥を感じてしまう。 良かった、喜んでくれている。 だが、はっと思い出した様にぎゅっと眦を釣り上げた佑は常葉へ向かって勢いよく顔を上げた。 「あ、ただし、条件があるぞ」 「条件?」 「俺そんなに貯金も無いから、しばらくはここで生活したい。金が貯まったら引っ越しを考えるって事で」 「えー…狭いってばー…色々と…」 「仕方ないだろ。借金生活とか嫌だよ、俺」 「じゃ、僕の家の方に来ればいいじゃん。日本の家として借りてるマンションだし」 「それはお前の親御さんの家だろ…」 えーっと腑に落ちない常葉に些かの不安を感じてしまうが、それでも再び抱き締められた佑は、こっそりと眼を細めた。
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