毒を以て毒を制す

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 んちらりと見上げれば、蒸気した頬とむぅっと眉間に皺を寄せた、やっぱりイケメンのそれ。 「キス。ね、しよ。したいー」 切羽詰まった物言いに情けない表情。 だが、それが可愛らしい、なんて柄にも無く、きゅんと心臓が跳ねてしまう。 しかも、強請りながら腰を動かされたら堪らない。 ぐりぐりと前立腺を硬いペニスが押し上げながら行き来する。 なんて男だ。 背中からぞくぞくと這い上がるそれがもう今更誤魔化しようの無い快感だと自覚してしまえば、素直に枕を抱きしめる腕を常葉に向かって伸ばしてしまいそうになる。 だが、 (…何か、やっぱ駄目な、気がする…) 何故?と問われれば明確な答えは出せないけれど、ふわふわした馬鹿な頭でも答えはこれしか出てこない。 (でも…) 震える右手を持ち上げ、佑はそっと自分の頸へと指を這わせた。 「キス、出来ないけど、」 ーーー噛む、か? 自分は枕を噛む事で快感から来る口寂しさを誤魔化す事を出来るが、常葉はそんな事が出来ない。 だからこそ、発散する為に肩や首筋で代用出来るなら、と思った佑の妥協案。 尤も、それが本当に名案かどうかは定かで無いと思わなかった訳では無いが、 ガリっ、 と感じた痛みは肩から。 「いっ、あ、っつー…」 それは次々と反対側の肩や至る所からも感じ、佑はびくりと肩を跳ねがらせた。 ガブガブと飢えた犬の様な噛みよう。 それに伴い、再び激しくなったピストンにぼろぼろと涙が零れ落ちる。 (いった…い、痛いけど、) 捩じ込まれた常葉のペニスが抉る後孔が気持ち良い。 経験上、酔うと勃ちにくいと普段から引っ込み思案のそれも思った通り機能していないと言うのに、ダイレクトに伝わる快感は感じた事の無い恐怖を植え付ける。 内腿が震え、ひくひくと脇腹も引き攣る。 「あっ、ああ、あぁ、ふ、あ、」 噛まれた肩や背中に舌も這わされ、吸われる。 (セックスしてる…) 本当に男とセックスし、自分は今女性の真似事をしている。 何でだっけ、何があってこうなったんだ? 改めて思うも答えは出ない。 もう喘ぎすらも。 引っ張られる腰に、息が止まる。 水音と肌がぶつかる音が生々しい。 「…イきそ」 低い声がぞわりと耳も犯す。 「俺も、」 自分でも聞き取れない様な小さな声をそうポツリと洩したのは無意識。 男の癖にだとか、気持ち悪いと思われようとも、別にどうでもいい、と。 ゴッ…っと、鈍い音が腰から脳に伝わったのは次の瞬間。 佑の眼が見開き、小さな息を吐いた。 そして、痛みは頸。 ほぼ同時に与えられた全く異なる感覚に、混乱を極めた佑だが、自身の体内に収められている常葉のペニスの形がありありと伝わった。 内壁が蠢いているのだ。 締め付けがキツくなり、常葉の物を包み込みながら締め上げる。 「…す、げ、イく、」 ドクンと腹の辺りで跳ねた何かに押される様に、佑も大きく揺れた腰。 (あ…) その瞬間、目の前に黒いカーテンが降りて来る様に視界が狭まり、はぁはぁと聞こえていた互いの息遣いも遠くなる。 ーーーー落ちる、 薄れ行く意識が最後に感じたのは、ぺろりと舐められた頸への暖かさ。 「あー…くっそ、気持ち良い…」 そんな粗野な声はもう聞こえない佑はゆっくりと眠りに落ちた。 ***** まぁ、何だ。 歩き辛いのは仕方が無い。 時折ふらつきながら家路に着く佑は、駅を出るとスマホを取り出した。 時刻は七時二十分。 日曜日だからか、こんな早朝すれ違うのはジョギングをする若い男や散歩する老人。 カレンダー通りの休みでは無い出勤途中らしき女性。 普段ならば全く気にもしない彼等だが、妙にそわっと眼を遣ってしまうのは昨日までの自分と違うからと言う自負があるからかもしれない。 それは決して罪悪感だとか後悔だとかそう言った負の類等では無く、 (何か…すっきりしてる…) 爽快感に近い。 男とセックスしたと言うのに、この感覚は何だろうか。 ホテルで眼が覚めた際も、身体は怠く、頭は堪らなく重かったが、目覚めが悪くないと言う事実にしばし首を捻り、唸っていたくらいだ。 隣で寝ていた常葉もその声に起こされた様で、ふわっと欠伸をしながら身体を起こすと、佑を見るなり一瞬怪訝そうな顔を見せたが、すぐにふふっと笑みを見せるなり、 『すっごく気持ち良かった、佑さんは?』 と頬に唇を当ててきた。 そして、 『どう?少しは昨日のショックな事薄くなった?僕は気持ち良かったし、佑さんもそうならウィンウィンなんだけど』 さらりとした銀髪を掻き上げる常葉の言葉。 それに、あっと思い出した由依の事。 (まじで忘れてたわ…) しかも、思い出した今はそんな事あったよな、程度になっている。 衝撃は衝撃で。 彼女に振られる、男同士のセックスを体験する。 どちらが衝撃的出来事かなんて考えなくても分かる。 その上、正直に言ってしまえば彼女とするよりも気持ちの良かった情事。 着替えている最中に、常葉からも要らぬ賞賛を受けた。 『もしかして、こっちにハマっちゃいそうじゃない?具合最高だもんねぇ』 そんな事言われても、元々面白味の薄い佑が上手いリアクションを返せる訳も無い。 常葉のデリカシーの欠片を探すくらいに無理ゲーだ。 もう会う事も無いのだから、そんな事を言ったのだろうがもう少々気を遣って頂きたい所だ。
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