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三日ぶりの恋人に捲し立てるように赤くなった鼻を指で撫で付け、心配気に顔を覗き込んでくる。
「熱とか無かった訳?」
「あぁ、大丈夫」
その様にふふっと苦笑いを浮かべながら、
「お前は課題終わったのか?」
「勿論。提出までしたよ」
そんな会話をする佑は、ふと眼を伏せた。
「どうする?このまま飯行く?僕が作ってもいいけど」
佑に無理はさせられないと、気を遣う言葉。
胸の中にすっと入ってくる優しい声は佑の心臓をがっしりと掴むも、息を深く吐くとすっと顔を上げた。
「常葉」
「ん?」
「絵、好きか?」
「え?あぁ…そうだねぇ、うん好きだよ」
ふわりと笑う常葉の眼からは、矢張り嘘の色は見えない。
綺麗だな、と普段からも思っていたが、こうして笑う顔は一番好きかもしれない。
(あー…違う、な)
ーーーー好きだな…
常葉が好きだ。
始まりは互いに最悪だったかもしれないが、自分には無い素直さとこの忖度のないストレートな物言いも、全部が好きだ。
三日間考えたけれど、これはどうしようも無い事実。
きっと手放せない。
手放せなくなる、もっと欲が出て自分のそばにいて欲しいと願ってしまうだろう。
「つか、まじで何でこんな寒いのにマフラー忘れる訳?僕の貸すから、」
自分のマフラーを外し、温もりの残るそれを佑の首に回そうとする常葉に静止を掛ける声。
「いい、いらない」
「…佑?」
少し強張った佑の声に、いつもとは違う雰囲気を感じたのか、常葉の訝しげな声が響く。
あまり人気のない公園で良かった。
この待ち合わせ場所を選んだのも佑。きっと人が居たならば、雑念が入りこんなに落ち着いた気持ちにはなれなかっただろう。
「常葉」
「…何?」
一緒に居れるのが嬉しい。
好きだ、うん、でもーーー。
「別れたい」
「……は?」
すっと出された佑の右手には紙袋。
その中には、いつか常葉が購入した畳まれたマフラー。
「え、何…?どう言う事?」
戸惑いを感じる常葉の声は明らかに意味が分からないと訴えているが、はぁっと溜め息を吐いた佑はうっすらと口角を上げた。
「だから、別れたい」
今度こそ聞こえたであろう、はっきりと通る声は澄んだ空気に響く。
そして、その意味も常葉に伝わったのか、大きく見開かれた眼はすぐに細められた。
「…それちゃんと意味分かってんの?」
強張ったままの少し低い声。
「分かってる。常葉と別れるって事だ」
「理由聞いていい?」
「特別無い。けど、敢えて言うなら、やっぱり不毛かな、って」
「不毛?」
「男同士ってやっぱり何も生まないって思っただけ」
互いに話すたびに洩れる息がすっかり夜へと変わった空気を白く染め上げ、何処か幻想的にも感じるが、これは現実。
決して夢の中でも、空想でも無い。
御伽噺でも無い。
「…絵本は?」
「大丈夫。実は気に入った人が居たんだ、いいなって思う絵を描く人」
寒さからでは無い震えが紙袋を持つ手に出そうになるが、抑えなければ。
ひんやりとした空気が目の粘膜を乾燥させようとするけれど、我慢しなければ。
「もしかして…三日間、それ考えてた?」
「…悪い」
「そっか」
マフラーの入った紙袋を常葉の細い指が受け取る。
重みの無くなった腕を下ろし、佑はもう一度ごめんと呟くも、
「いいよ、分かった」
と、首を振る常葉にぎゅうっと拳を握った。
「つか、僕のこと嫌いになった?」
何言ってるんだ、
「いや」
好きに決まっている。
三日間考えて、好きだなって痛感して、したけどーーー。
「流されただけだよ。元から好きでも嫌いでも無い。お前も性処理になるだろうし、俺も絵本作るのに、お互い好都合かな、って思ったんだ」
淡々とした佑の言葉に、長い銀色の睫毛が伏せられ、そして形の良い唇がゆったりと持ち上がった。
「そっか、うん、分かった」
どこまでも穏やかな声。
「家の荷物も都合が良い時に勝手に持って行って。合鍵はポストにでも突っ込んでくれていいから」
「分かった」
「宜しくな」
「うん。じゃあ、ね」
「あぁ」
踵を返した常葉の後ろ姿を見送りながら佑はひらりと右手を上げる。
背中に伝えるだけは許される筈だ。
そうでないとすぐにでも走って追いかけて、嘘だよ、好きだ、ごめんな、なんて言ってしまいそうになる。
戦慄く唇をぎゅっと噛み締め、いつの間にか固く結んでいた両手は子供の様にコートの掴んでいた。
小さくなっていく後ろ姿。
此方を振り返る事は無い。
でも、それでいいんだ。
由衣も自分の夢に付き合わせてしまったから、すぐに手放してやれば良かったんだ。
自分が後悔しても仕方ない、それは分かっている。けど、そう思わずにはいられない。
だから、常葉も、
(俺に付き合わせちゃ駄目だろ…)
将来がある、自分よりももっと大きい、誰もが欲しがるであろう才能。
彼には青い空を綺麗な色として見て欲しい。
いつか、遠い日に笑ってあんな事もあったけど、今は幸せだと思って欲しい。
君に掲げる空はそうであって欲しいと思うんだ。
(そして、俺は自分を褒めたてよう)
同じ空を見た時に、これで良かったんだと思える様に。
「ちくしょーが…」
ほろりと溢れた涙が土色を変えるとか、中々の体験だったなと思えればいいのだ。
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