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木守柿にも似た
ポストに鍵が入っていたのは、それから二日後の事。
ダイレクトメールや電気代の請求書と共に茶封筒に入っていた鍵は紛れもないこの部屋の鍵。
(ああ、そっか…)
何処か他人事の様にそれを見つめ、佑は部屋へと入る。
「あー…」
何処となく寂しく感じるのは、壁際に掛かっていた服やベッド際にあったスマホの充電器等が無くなっていた為だろう。
(来たんだな…)
たったそれだけなのに、酷く殺風景に見える自室にしばらく立ち尽くしていた佑だが、息を吐くとコートを脱ぎ、台所へと向かう。
食器と箸とその他、常葉が使用していた物を集めると戸棚の奥へと押入れた。
風呂も洗い、湯を張る間に豆腐だけの入った味噌汁を作る。
おかずはバイト帰りに購入した半額惣菜の八宝菜。
全てがいつも通り。
常葉と知り合う前と何ら変わらない。
風呂上がりに一人で食べる夕食も前までは普通だったのに、味気無く感じるのが酷く惨めに感じてしまう。
(ーーーーー駄目だろ、これぇ…)
うわぁっと顔を覆いテーブルに肘を突く佑はげっそりと顔を歪めた。
やばい、やっぱり寂しい。
飯の味なんて何らしない。
まさか常葉が居ないだけでこんな事を感じるとは。
半分程食事も残し、勿体無いと思いつつゴミ箱へと放り、ごろりとベッドへ寝転がった佑は深く息を吐いた。
正直創作意欲も今は皆無だ。
洩れるは溜め息ばかり。
別れてまだ日も経っていないからだろうか。
もっと時間が過ぎれば、この乾いた違和感も無くなるのか、うんざりしてしまう。
(あー…あいた、)
いかん、いかん。
不意に口を突いてでてしまう言葉を震える前に飲み込みながら、起き上がり合鍵をチェストの引き出しに仕舞おうとしたが、今更気付いた封筒の厚み。
「……げ、」
合鍵に気を取られすぎて気付かなかったが、中に入っていたのは現金だ。
三人も顔を出す諭吉にふらりとよろめきそうになるも、これはいかんだろ、と小さく呟く佑は茶封筒ごと、それを握り締める。
常葉にしてみれば今までの生活費総まとめ、だとか、世話になったから、と言った意味合いがあるのだろうが、これで本当に縁が切れてしまった様な気持ちになる佑は複雑でしかない。
自分から手放したと言うのに。
いや、それを抜きにしても学生からこんな大金を貰うのは如何なものか。
(や…駄目だろ…)
しかし、彼の住所を知っている訳でも口座を教えて貰っている訳でも無い。かと言って会いに行く訳には行かない。
「はー…ったく、もう…」
本当に色々と複雑過ぎる。
由衣の時と全く違う。
あの時居た佑はもう、此処に居ないのだから。
どうしようも無い。
現金と合鍵、茶封筒ごとチェストに入れ込み、また今日何度目かの溜め息を零すのだ。
*****
『え…?』
「だから、仕事辞めようかな、って思ってて。」
『え、えええ、ええ!!!?ど、どう言う事かな、あ、ああ青柳くん!!?』
「何かもう金貯めるのもどうでも良くなったし、元々暇つぶしって言うか、面白そうだなーって思ってたからだし」
実際くそつまんかかったけど。
電話口でべっと舌を出す常葉に相手の男はあわあわと慌てた様子を見せるも、知った事では無い。
『ちょ、ちょっと待ってよ、急過ぎるんだよっ、い、一ヶ月、せめて一ヶ月後って事じゃ駄目かなぁ!!?』
「一ヶ月後ねぇ…まぁ、そうっすよね。急ですもんね」
バイトでも矢張りそう言った社会への常識は当たり前。
「じゃ、一ヶ月は頑張るって事で。またね、佐野っち」
仕方ないと肩を竦め、まだ何か言っている電話を切った常葉はすぐに入ったメッセージにすっと視線を落とした。
友人達とのライングループ。
【今日飲みにいける人ー!】
問いかけにどんどんと返信がぽこぽこと出てくる中、
【やぎは?】
名指しで促される返信にちっと出そうになる舌打ちを飲み込み、画面をタップする。
【いいよ】
すぐに【やった❤︎】【楽しみぃ】と入ってくる言葉を一瞥し、常葉はすぐにスマホをカバンへと投げ入れた。
「…やぎぃ」
「何?」
「何か、最近スマホ見ねーのな…」
「そう?」
次の授業の準備をする村山は投げ入れられたスマホをちらりと覗く。
(見ないっつーか、)
敢えて見ない様にしている、と言う風に見えてしまうのは決して気のせいでは無い筈。
(この間くらいまでソワソワしてた癖に…)
休み時間ごとにスマホをチェックし、何回かに一回はふふっと笑みを浮かべていた筈の、この男。
それが二日ほど前から、そんな素振り等見せず、しかも女友達に腕を絡められようと咎める事も無くなっていた。
村山の記憶が正しければ、あの『恋人』と付き合い始めてから、どんなにノリであっても、
『触んないでー、臭い匂いとか着くと嫌なんだよねぇ』
なんて笑顔で言っていた癖に。
学校前まで突撃していた、前の遊び相手と言う名のセフレまでにも塩対応。
『うわ、僕ちゃんと会いたくないって言ったのに。キモ』
なんて、真顔で吐き捨てたのも記憶に新しい。
それがどうした事か。
「何んだよ、じろじろ見て」
「いや…」
ふふっと笑う常葉だが、何だか違和感を感じる。あくまでも村山の勘ではあるものの、これはもしやと生まれたのは一つの憶測。
ーーーーこいつ、別れたんじゃね?
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