木守柿にも似た

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疑わしい眼を向ける村山だが、何と聞いて、言っていいのやら。 『え、何お前別れたの?』 『やっぱり男相手は駄目だったのか』 駄目だ、成功するビジョンが見えない。 ふるふると力無く首を振る村山が至った結果は、放っておけ、と言う事。他人の恋事情なんて簡単に首を突っ込んでいいモノでは無い。 相談でもされれば、いつでも乗る気ではいるけれど、この男が自分に恋の悩みとやらを相談する訳もなく、 「だから何?言いて―事あんの?」 「べっつにぃー…」 敢えて空気を読むいい人を徹底するしかないのだ。 別に酔いたい訳ではないが、何の用も無く店へとやって来た佑を訝し気に見詰める安達。 席に着くなり、ちびちびビールを飲む友人は五分に一度は溜め息を吐いている。しかも、少々痩せたのか、鎖骨が前より浮き出ている気がする。 極端に筋肉も減った、と。 「まかない用だけど、食べたら?」 「え」 そんな安達がどんっとテーブルに出したのは特製ナポリタン。出来立てほかほかのそれを前に、おっかなびっくりに見上げる佑に割り箸を差し出した。 「あたしの愛情たっぷりよ」 ぱちんとウィンクひとつ落とす事により、食欲減退するとは思わないのだろうか。 「いただきまーす…」 くるりと箸でパスタを巻き付け、まだ湯気を纏うそれをひと口。 「どう?」 「んー…旨い、ってか、普通?」 「自分の顔の評価してんじゃないわよ」 とは、まぁ、言うものの、久しぶりに食べた他人が作った食事。 温かいと言うのもあり、じわっと胸の辺りに熱がこもり、残っていたビールをごくりと飲み込む。 「あんた…痩せたのね」 「分かる?」 「アイツはどうしたの?」 ぴたりと止まる箸に安達が柳眉を上げる。 今更気付いていたのか、とは言えない。むしろ気付いているにも関わらず、何も言わずに観さ…見守っていたと言う事実に頭が下がる思いだ。 だからこそ、佑は簡素に。 「…別れた」 「あら、そうなの。意外と持った方じゃないのぉ?元ノンケ同士なんだし」 露骨な言われようだが、ごもっとも。 「そう、だな。初心者同士…に、しては…頑張った方かもな」 一体何をだと突っ込まれれば、本当に一体何を頑張ったのかと思うが、少なくとも常葉は努力してくれていたと思う。 (俺が好きになったくらいだからな…) 別に弱っていた心に付け込まれただとか、セックスが気持ち良かったから、とか言う訳ではない。 確かに最初はそこからだけれど、話しているうちに一緒に居るうちに、純粋に惹かれたのだ。 常葉の絵はおまけにしか過ぎない。 「で?何でなの?」 「は?」 ちゅるりとパスタを吸い込み、首を傾げる佑に安達は溜め息混じりに続ける。 「何で破局だったの?」 「それ聞きたい訳?」 「今後の参考にしようかと」 この先、自分の破局原因が筋肉安達の恋に何の参考になると言うのだろうか。 じっとりと眼を細める佑だが、半分以上食べたナポリタン。やれやれと肩を竦めるとぼそりと口を開いた。 「ーーーなんか、俺と一緒に居たら常葉の為にならねーな、って」 「為にならないって、何で?」 「何つーか…俺と居る事で才能を無駄にしてる気がして」 「才能、ねぇ」 「幸せになってほしーなーって、思うくらいはあるさ、俺だって」 「あらあら」 意外にこの友人もそれなりに恋をしていたらしい。 (あのクソみたいに綺麗な顔面に流されたのかと思ってた…) へぇ…っと驚きもある中、気になる事もひとつ。 「幸せって?」 「将来、とか?」 そう、彼の将来に自分は妨げになるかもしれないと恐れは否めない。 「何それ。あんたが思う彼の幸せな将来とやらと、彼自身が思ってる将来の幸せって違ってたの?」 「………は?」 ビールも二杯目。 ぐびぐびと飲み進める佑は安達に言われた事を脳内で反芻するも、はてっと眉間に皺を寄せた。 「だからぁ、あんたはあの子の幸せの為とか言うけど、それをあの子は望んでたのか、って話よ」 「望んで、た?」 「一体何が引き金か知らないけど、少なくともあんたの独りよがりじゃないといいわね」 「……」 「まぁ、分かるわよ。あたし達、伊達に年は取ってないもの。学生を見てキラキラしてるな、将来が楽しみなんだろうな、って思うのわ。でもねぇ、それって老婆心なんだわ、結局」 空になった皿に箸を置く佑はぼんやりとそれを見詰める。 そう言えば、常葉とパスタを食べた時もあいつは箸で食ってたな、なんて思い出しても仕方ない事。 ご馳走様、と呟いた声は驚く程にか細いーーー。 ーーーカラン、っと扉が開く音に安達はいらっしゃいませぇっと野太い声を店内に響かせた。 「こんばんはー、十人くらい居るけどいいですかぁ?」 「大丈夫よぉ、入って入ってぇ」 ゴツい指に鮮やかなネイルが施された手を振りながら、お絞りを用意する安達の眼は来店者をくるりと見渡す。 何度か見た事のある顔が数人。 若い学生の様な子達は二つのテーブルを占領し、賑やかに笑い合いながら腰を下ろす様にあら、っとその眼を細めた。 注文を受け、アルコールを作るカウンターに陰が差し、顔を上げた安達は笑顔だ。 「いらっしゃい」 「こんばんは、和さん」 そして、この男も。
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