木守柿にも似た

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銀髪をサイドに流し、緩い三つ編みを指先で遊ばせる常葉だ。 「今日もどこかで遊んできたのぉ、学生さんは羨ましいわぁ」 ふふっとボルドーのリップが塗られた唇がゆっくりと弧を描くのを見遣る常葉は『そうかなぁ』なんてわざとらしい苦笑いを見せるが、ふと見下ろした先には、空になった皿と箸。 「あれ、ここ誰か座ってる?僕邪魔になるかぁ」 「あぁ、いいわよ。ついさっき入れ替わりで帰ったから」 片付け後回しにしちゃったと皿を引く安達に、ふーんと呟く常葉の声は然程興味も無いようだ。 「で、何?」 「氷頂戴、って」 「はいはい」 製氷機から氷を取り出し、アイスペールへと移しながら、 「佑が来てたの」 何でも無い事の様に呟かれた声。 その声に一瞬常葉の眼が鈍く光った気がするもすぐに肩を竦めると、そっかと笑った。 「元気そうだった?」 「えぇ、あたしの作った料理、見事ビールと共に完食よ」 お皿見たでしょ?とうふふぅーなんて笑って見せるも、何を思ったか安達はしばしの沈黙後、アイスペールをどんと氷を詰めたカウンターに置き、ぎゅうっと眉間に皺を寄せた。 「幸せになって欲しいそうよ」 「…は?」 「あんたには幸せになって欲しいんだって」 別に何かをしてあげたい訳ではない。 けれど、口止めをされていた訳でもない。 ぺろっと内心舌を出しながら、目の前の男の整った顔がどれだけの物のになるのか。 それだけの興味だ。 (あ、らぁ…) まさか、 「何それ、ふざけてんの…」 こんなに無表情になるとは思わなかったけれど。 (あれ、これ…まずった、か…) フットワークの軽そうな男なのだから、動く切っ掛けになればとおもっていたのだが、もうそんな次元では無かったのだ。 「誰がそれ言ってんだって感じじゃね?」 がたりと立ち上がり、アイスペールを手に取った常葉から抜け落ちた感情は戻らない。 「馬鹿馬鹿しい、クソかっつーの。嫌いだわ、そう言うの」 踵を返し、仲間のテーブルへと戻っていく後姿をみて、安達は思う。 (あの子…) 想像以上に佑に想いを持っていたようだ。 計り間違えてしまった。 「やっべぇー…」 低い声と流れる汗。 久々に女を忘れ、ぼりぼりと頭を掻く安達はどう佑に謝罪すべきかと、項垂れるのだった。 ***** どんなに気が重くとも、仕事はしなければならない。 常に笑顔を張り付け、さくさくと動き、お客さんからの他愛ない話にも乗る。 そんな一日を終え、お疲れ様でしたと頭を下げバイト先から出て来た佑は、ふぅーっと白い息を吐いた。 もうすぐクリスマスを迎える街は色鮮やか。 イルミネーションにクリスマスツリーやモーメント。ディスプレイからもクリスマス商戦と言う大人の事情的な何かが見え隠れするも、雰囲気は嫌いじゃない。 (寒いけど…) マフラーは常葉に返してしまった。 新しいモノを購入しようかとも思ったが気に入るものが見つからないと言うか、なんて言い訳をしつつまだ購入に至らない。 身を竦めながら猫背になるのも気になるも、うぅ…っとコートの襟に顔を埋める佑だが、 「あっ!」 背後から掛けられた声に、脚を止めた。 「松永っ、」 「え、津野?」 バタバタと手を振ってこちらに走ってくるのは友人の津野。 ダッフルコートを纏いスーツ姿に通勤用の鞄を握りしめ、はぁはぁと息を切らしながら目の前で止まった津野は、よっと笑った。 「何してんの、お前」 「いや、実はこの辺で取引先の人と打ち合わせしてて」 「へぇ」 自分より少し低い位置にある頭に手を乗せ、お疲れ様ぁっと声を掛ければ、おう、と笑う津野は普段中々会う場所ではないからか、何だか新鮮だ。 「お前バイト終わり?」 「そう、お前は?」 「俺はこのまま直帰」 隣に並び、このまま退勤出来るとあって、御機嫌な津野はなぁなぁと佑のコートを引っ張る。 「どうせだから飯食って帰らね?」 「あーあんま金ねーからなぁ…」 「じゃ、奢ってやるよ。お前一人くらいなら飯ぐらいいいぜ?」 「はは、いいよ。自分の分くらい出せるって」 くすくす笑う佑に、ちぇっと唇を尖らせる津野は大学時代から懐いてくれている。 「じゃ、いつもの居酒屋、あそこなら腹も溜まるじゃん」 「んー…ま、いっか。電車乗らなきゃだけど、安いもんな」 二人して駅の方へと歩き、その間近況を交え話をしつつ、途中から津野の上司の愚痴をうんうんと聞いていた佑の眼の端にちかっと移った何か。 ばっと前を向き、見開いた眼が写したのは銀色の髪。 緩やかに結ばれたそれが揺れるのを確認すると、勢いよく壁際へと身体を寄せた。 行き成りの友人の奇行にびくっと大きく肩を揺らし、 「え、な、何?どうしたんだよ、お前」 「馬鹿っ、こっち来いっ」 しかも馬鹿呼ばわりまでされ、怪訝そうに首を傾げるもすっと佑の隣に身体を張り付けると、様子のおかしさに小声で声を掛けた。 「何なの?もしかしてこれ隠れたつもり?」 「ちょ、まじで黙って」 傍から見れば、かなり可笑しい様子の二人組。 しかも成人しているだけに恐ろしさも倍増だろうが、佑の眼は真っ直ぐに銀色の髪色を持つ男の後ろ姿に注がれていた。 女性と腕を組み、笑い合う常葉に。 (お、おぉ…) 結構なクリティカルヒットだ。
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