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でもただのバイトかもしれない。
レンタル彼氏、キャストの客だけの関係かもしれない。
(って…)
何を考えてんだ。
別に今更常葉が誰と居ようと関係無いのに。
未練がましいにも程がある。割り切れてない惨めさが無駄に露見し自己嫌悪に泣きそうだ。
じくじくと痛むのは胸じゃない、頭の方。
ゆっくりと女の子の額に顔を近づけ、ちゅっと口付けする常葉に、酷く感じる頭痛。
「…おい、松永?」
くいくいとコートを引っ張られる感覚にはっと眼を見開いた佑はこそりと頭を下げ、後ろを振りむけば、不審な目付きで此方を見遣る津野に曖昧な笑みを向けた。
「わ、悪い」
「何どうしたんだよ。誰か居た訳?」
「あ…いや、」
駅の構内に居ると言う事は常葉も電車を利用するのだろう。
このまま進んでしまえばもしかしたら顔を合わせてしまう恐れもある。
「あのさ、津野…」
「うん?」
「飯さ…その、俺ん家で食わね?何か作るからさ」
「へ?」
「ほら、学生ん時とかよくやったじゃんか。酒とか買って」
「おぉ、それもいいなっ、じゃ、お前ん家で決定っ」
にかっと白い歯を見せて笑う津野に見えぬ様安堵の息を吐きながらも、心の中ですべきは謝罪だ。
(悪いな、津野…)
ぐぐっと唇を噛みしねながらも、佑は足早に駅を出た。
逃げている様な後ろ姿だって、見られたくはない。
(……あ、れ?)
背中が痛い。
少しだけ肌寒さを感じ、起きあがろうとするもあちこち関節からばきっと音が鳴り、痛みそれらに眉を寄せる佑は何とか身体を持ち上げると周りを見遣る。
お馴染み何の面白味も無い自分の部屋だが何故に床に転がり、毛布でくるまっているのか。
(あー…)
「そうだった…」
ぐしゃりと髪を掻き上げ、まんじりと眉間に皺を寄せながら舌打ちを零す。
テーブルには転がった空き缶に食い散らかしたつまみや皿の上のおかずの残骸。そこじゃ飽き足らず床にまで転がっている。
そして、振り向いた先のベッドにはこんもりとした山。
(津野かよ…)
家主を差し置いてベッドに寝るとは。
図々しい奴めと恨めし気に見遣り、手探りで探し出したスマホで時間を確認すれば既に七時を回っている。
「や、べ…!!」
がばっと飛び起き、ベッドの山を揺さぶる。
「おい、津野、お前仕事だろ、起きろっ!!」
「うー…ちょ、母ちゃん、も、ちょ、っと…」
「誰が母ちゃんだっ!!」
そんな鉄板ネタはいらねーんだよっ!!!
布団も跳ね除け、身体を縮める津野をげしげしと蹴り起こすと、やっと慌てた様に飛び起き、ドタバタとベッドから転げ落ちた。
「え、な、何っ!?火事!!?」
「違うわ、時間だろーが、お前っ!七時過ぎてんぞっ」
「や、やべぇ!!しゃわ、シャワー貸してくれっ!!」
「早く行けっ」
慌ただしく風呂へと直行する津野に溜め息が零れるも、昨日着ていたスーツやネクタイを集め、ハンガーに掛ける佑はついでに軽い朝食を作る。
目玉焼きに味噌汁、納豆をつけてやればこれで立派過ぎるくらいのものだろう。
案の定、髪も乾かすのもそこそこに、朝食だけはしっかりと食べてスーツに着替えた津野は、ありがと、またなと笑顔で家を出て行った。
嵐の様な時間が過ぎたとでも言うべきか、昨日の酒が残っていたのか、朝っぱらから疲労感漂う佑はまだ残っている宴の残骸をビニール袋へと詰め込んだ。
(俺も仕事の準備しねーと…)
若干頭が痛いのは二日酔い。
久々に盛り上がってしまったと反省しかない。
そんな猛省する中、コンコンっと叩かれた扉の音に、ん?と佑は身体を上げる。
(津野…?)
もしかして忘れ物でもしたのだろうか。
「何だよ、忘れモン?」
誰かを確認もせずに勢い良く扉を開けると一気に身体が陰に隠れた。
「――――…え、」
「おはよう」
逆光で一瞬顔も確認出来なかったが、この家に尋ねて来る様な、こんなに見上げないといけない人間なんてあの筋肉オネェさんか、この男しかいない。
「と、きわ…」
「うん、朝からごめん」
にこっと微笑む笑顔に、心臓が痛いほどに高鳴る。
顔が引き攣りそうになる、扉を開けた腕が震えそうになるも、吹っ飛んだ頭痛が脳内をクリアにしてくれたようだ。
「おはよ、どうした…?」
最低限のマナーは誰に対しても当たり前の事。
例えそれがいきなりアポ無し訪問であっても、別れた男であっても、だ。
「悪いんだけどさぁ、僕も忘れ物してたみたいで、探してもらっていい?学校で使わなきゃなんだよね」
「え、あ、そっか…忘れもんな…」
お前が忘れもんしたのかよ。
突っ込みそうになるも、それはあちらも一緒だろう。
僕『も』、の部分にアクセントがあったのは気のせいでは無い筈だ。
「何忘れたんだ…?」
「溶き油って言う、これくらいの瓶なんだけど」
「瓶?」
「ベッドの下とかに転がってない?」
「あー…わかんね…見てくるわ」
扉は一度閉めた方がいいのか、それともこのまま開けて置いた方がいいのか、迷うところではあるが、そのままドアノブから手を外すとそろそろと部屋へと戻った。
(びっくりした…)
ちらっと一度だけ後ろを見れば、スマホを確認しながら玄関口に立っている常葉がそこにいる。
長い銀髪は今日は低めのポニーテールで纏めているが、それもまたよく似合っている。
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