毒を以て毒を制す

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(いいけどさー…) 同性とやってみたかった男と誰かと一緒に居たかった男。 確かに両者の利害は一致していた。 いや、どちらかと言えば、こんなにすっきりとした気分にさせてくれたのだから佑の方が利益が大きいと思える。 『じゃ、バイバーイ』 と、軽い別れにも後腐れ無さを感じさせ、好感も持てた。 一人暮らししているアパートに戻り、洗濯機を回す。 やたらと青い空を眺めながら、それを干し終えるとスマホを手に取り、深呼吸一つ。 【今日会える?】 【おはよう。嬉しい、いいよー】 すぐに既読が付き、早い返信に佑はふぅと肩を竦めた。 【じゃ、十一時にいつものとこ】 二人で待ち合わせに利用していた喫茶店を指定した佑は返事を待たずしてスマホをベッドへと投げる。 もしかしたら、あの男は由衣の所に泊まっていたかもしれない。 (今頃ドタバタしてるかもな…) ふふっと笑ってしまうくらいに、本当に空と同じくらい穏やかな気持ちだ。 ***** 行きつけの喫茶店。 一番端の窓際が彼等の特等席。 「―――え、」 お気に入りのココアラテを飲んでいた由衣が顔を上げた。 「だから、別れよう」 沈痛じみた表情も悲壮感も無い、淡々とした声音であっさりとそう告げた佑に大きく丸い目が向けられる。 「え、ど、う言う事…?」 自分からフラれるとは思わなかったのだろう。 震えた声は、明らかに驚愕から。 「そのまま。別れようって」 昨日までの自分なら、こんなに落ち着いて、しかも面と面で向かい合ってこんな言葉を吐けていただろうか。 真っ直ぐに顔を背ける事無く、自分を見詰める佑を由衣が呆けた様に口を開けたまま硬直するも、すぐにくしゃりと眉をハの字に歪めた。 「何で…急にそんな事言うの…?私何か悪い事した?」 相変わらず可愛らしい。 ぐすぐすと涙を貯めたているにも関わらず、その眼はキラキラと輝いている様にも見える。 付き合おうと言って来たのは彼女だ。 大学四年生の秋、運良く大手から内定を貰いながらも夢を諦めきれず、どうしようかなと悩んでいた時期。 友人同士の紹介で知り合い、話をしてみれば明るく優しい彼女に惹かれ、卒業する頃に告白をされた。 (俺は馬鹿だから、支えてくれる彼女が出来た、なんて浮かれた訳だ…) だから俺は内定を蹴って、夢を追いかけてしまった。 そこから彼女の計画は崩れてしまったとは知らずに。 男と二股を掛けられ、憤りも感じたけれど、本当の意味での被害者は彼女だったのだ。 こんな自分に二年以上も付き合ってくれたのだし、期待値が高かったのだろうと思うと余計に申し訳なさすら感じてしまう。 「酷いよ、私昨日は誕生日だったのに、佑が仕事だって言うから我慢したのに…!一人で寂しく過ごしてたのにぃ…次の日に別れ話とか最低だよぉ…」 「…………」 まぁ、だからと言って佑の性格が優しいだとか、温厚だとか、そう言う事は全く無い訳で――。 「でも、俺と付き合ってても、もう得は無いぞ」 「…は?」 「いい大学出てるから将来有望だと思った俺は、全然就職する気も見えないし、もういいだろう。顔もスタイルもパッとしないしさ」 眼を逸らさず、いっそきっぱりと。 一気にそう告げれば、段々と顔色が変わっていく由衣が可笑しく感じ、笑いが込み上げそうになる。 「え、え、っと、あの、」 「期待持たせて悪かったと思ってる。でも、俺はやっぱりまだしばらくやりたい事するから」 「た、すくっ、待って、」 二人分の注文料金をテーブルに置き、立ち上がるもそれを制する声に思わず動きを止めた佑はじっと由衣を見つめた。 上目遣いにもじっと身体を揺らす仕草。 「あの、私の…誕生日プレゼント、は…?」 「…………は?」 『だから誕生日プレゼントだけ貰って別れてもいいと思ってるし。』 顔が引き攣りそうになる。 苦笑いしいか出て来ない。 ある意味ブレない姿勢。ブレないが故に顔のツラは厚くなり、羞恥は皆無になったのかもしれない。 はぁ…っとこれ見よがしに大きく溜め息を吐けば、由衣の肩が揺れる。 さて、どう言った方が正しいのか。 しばし、朝方の事を思い出す。 朝着替えている途中で、ゴトっと落ちた箱を眼で追うと、それを拾い上げた半裸の常葉がにやりと笑う。 『何これ、彼女へのプレゼントとかだったの?』 『…まぁな』 『ふーん…結構いいブランド物じゃん。ユニセックスで着けれるって最近人気の』 ラッピングされた箱をカラカラと振る常葉に、へぇ、っと簡素な相槌を打つが、佑にはもう関係も無い。 『で、これどうすんの?』 『俺が持ってても仕方ないし、やるだけやろうかな、って』 『はぁ?佑さん、馬鹿じゃねーの?馬鹿にされっぱの、舐められっぱって他人でも見ててしんどいわー』 そう言うものなのだろうか。 共感性羞恥心に似た感情なのか、露骨に顔を歪める常葉はさっさと包装紙を解くと、勝手に箱をぱかりと開けた。 『お、おいっ、お前、』 流石に自由過ぎると狼狽える佑だが、中から取り出したネックレスを左右の手に持たされ、その上から常葉も手を乗せる。 左右でピンとネックレスを張ったこの状態。 『な、に?』 『要らないなら、ちゃんと処理しないと』 ネックレスを握った左右の拳にぐっと掛かる力に、眼を見開いた瞬間、ブチっと鈍い音が室内に響き、幾つかのパーツが床へと転がり落ちた。 千切れた、と言葉通りのそれ。 恐る恐る目の前の男を見上げれば、ふふっと楽しそうな笑顔。 『こういうのは、残しちゃダメなんだよ』 あぁ、なるほど。 残さずに、 「捨てた」 間違ってはいない。 毒を以て毒を制す、全く持ってその通りなのだから。
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