さらばアネモネ

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冬休みを前に出された課題は花を描けと言うものだった。 今更花なんて、と生徒達からのこそこそとした声が聞こえるも、今更だからこそ、基本的なものだからこそ、初心に戻るのも大事。 と、言う尤もらしい名目の上、各々各自好きな花を事前に教師へと希望を出し、届けられたその日から三日以内に描き上げると言う事となった。 そして、本日届いた花々は裏口の玄関を華やかに彩っている。 「あ、やぎ、見てみろよ。花が届いてる」 職員室からの帰り道、ほらほらと玄関先に並べられた花を村山が指さし、それに常葉もちらりと一瞥。 「俺、季節じゃないけどアジサイにしたんだよなぁ。形も色合いも可憐でいいよなぁって。ずばりそれが俺の女の子のタイプなんだけど」 テレテレと頬を染めながら、聞いてもいない、要らぬ情報を隣で教えてくれる村山に、話半分ふっと眼を細めた常葉も足を止めると花を眺めた。 「確か、アジサイの花言葉って移り気、傲慢とか冷血、なんてあった筈だけど」 「……え」 好みのタイプの女とは…。 心底嫌そうに顔を歪める村山をくすくすと笑う常葉だが、 「ハンコお願いします」 事務室の人間に向かって伝票を取り出す女に眼を留めた。 何処かで見た事のある女。 一度前に遊んだ女だろうかとも思ったが落ち着いた雰囲気は年上、その上遊び慣れた感の無い風貌に、いや違うと思った瞬間、脳内に思い浮かんだのは佑だ。 いつだったか、佑に責め寄っていた女、そしてバイト先にも居た、 (あの女だ…) 花屋だったのか。 ふーんと興味も無さげに見遣り、再び歩き出そうとする常葉だが、女が伝票をポケットから取り出した時に落としたのであろう、茶封筒が足元に落ちているのに気付いてしまった。 だが女は気付いていないのか、そのまま頭を下げると足早に去っていく後姿に舌打ちでもしたい、この感情。 (何で僕が…) 面倒だと思いながらも、そのまま花を避けながら茶封筒の所まで歩んでいく友人に村山から声が掛けられるが、常葉はそれを拾い上げるとくるりと回した。 「…は?」 【松永佑様】 そこに書かれてる名前は、確かに佑の名前。 何故、あの女が佑の名前が書かれた茶封筒なんて持っているのか、疑問しかない頭で無意識に中身を覗き見た常葉は、玄関の外へと出ると車で後片付けを終え、今まさに乗り込もうとしている女、持田へと声を掛けた。 「すみません」 「え、」 こちらを振り向き、ぎょっと眼を見張った持田が身体を強張らせる。 どうやら向こうも常葉を覚えていたらしく、眉を潜める姿に肩を竦めるしかない。 「これ、落としましたよ」 「え、あ、っ、やだ…っ」 常葉により、ひらひらと掲げられた茶封筒を見るなり、自分のエプロンのポケットに手を入れた持田はその顔色をさっと青いものへと変える。 矢張り彼女が落としたのか。 何処か冷静にそう考えつつ、自分を見詰める常葉の元へと、小走りに近づいた持田は強張った表情のまま、さっと頭を下げた。 「す、すみません、落としてました…!拾って下さってありがとうございますっ」 「いえいえ」 はいっと手渡せば、ほっとしたように微笑む持田に常葉もにこっと眼を細め微笑む。 中々その辺では見かけない美形な男。 笑顔を向けられ嫌な気持ちはしないのは誰でも同じだろう。それは一度剣呑な眼を向けられた持田も例外ではないのか、不意打ちなそれにかぁ…っと頬を赤らめ俯くも、 「これ、何で佑の名前があるの?」 幾分か低い声に慌てた様に首を振った。 「あ、違うの、私盗んだりはしてないからっ」 「盗んだの?なんて聞いてはないけど、じゃあどうしたの?」 「も、貰ったの…昨日」 「貰った?」 「偶然会って…」 「へぇ」 中身は食事つきのホテルのチケット。 なるほどね…と嘯く常葉は、まとっていた不穏な空気を収めると、肩の力を抜き、ふふっと笑う。 「一緒に行こうって感じ?」 「あ、ううん。多分由衣と行ったら、って感じかな…あ、由衣って松永くんの、えーっと…元カノ、の…」 どう説明したらいいのか言い淀みながらも言葉を選びながら、そう話す持田に首を傾げる常葉はほんの少しだけ眉を動かした。 「はぁ?何で?」 「その、色々あって…問題が起こってみたいな…って言うか、貴方に関係あるの?そんな事…」 ようやく冷静に頭が回る様になったのか、今頃になって常葉から問い掛けに訝し気に距離を取り出す持田に、 「確かにそうだね」 とまた笑って見せる常葉はごめんねと首を傾げる。 結局自分は佑から何も教えられていなかったのだな、と。 この話の『色々あって』の内容が全く理解出来ない。 (少しは話してくれても良かったのにな…) 元カノの事だろうと、佑の事ならば話して欲しかった。彼が一人で何か思う事があったのなら、一緒に話くらいは聞けたのに。 それは、矢張り自分の様な年下では頼りなかったからだろうか。 まさに『貴方に関係あるの?』なんて言葉がピッタリ過ぎる。 (まぁ、今更だけど) 売る程タラレバを作った所で、それがどうしたと言う話。 買い取りても居ないこんなクソつまらない話にこっそりと溜め息を吐きながらも、常葉はじゃあっと踵を返した。
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