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「捨てれない、かぁー…」
他人から見れば気持ちの良いものではないかもしれないが、今はまだ断捨離対象に出来そうにないらしい。
自分自身に呆れにも似た溜め息を吐き、またクリアファイルへ絵を収め、皺等が寄っていないかを確認するとそのままカラーボックスへにそっと戻し、立ち上がった佑はキッチンの掃除へと向かった。
*****
クリスマスパーティーなんて建前でつけられただけの名前だ。
酒を提供してくれる安達の店に向かう途中、佑はチーズの詰め合わせとテイクアウト用のチキンの照り焼きを持参。
津野もそれなりに名の通ったカラスミを購入し、岡島はあきらかに自分が食べたかったのであろう予約必須のローストビーフと有名店の餃子をカウンターへと並べて行った。
「いやー、何だかんだ悪くないな。餃子すげぇうめぇ」
「安達ぃ、この酒すっごい美味いーっ!チーズと最高に合うっ!」
「本当はダーリンと二人っきりでまったりと飲みたかったのに、仕方ないわよね。ちょっとこのカラスミ、美味しいじゃないの」
どんどんとダイソン張りに吸収されていく酒と持ち寄ったつまみ。
始めの方は、
『高級な酒なんだから、味わって飲むのよっ』
なんて言っていた安達はそんな事もすっかり忘れ、水で割るなんて勿体ねぇとばかりにロックで進めて行く。
佑もローペースで行こうと思っていたのだが、思いのほか酒が旨い。
しかも皆が持ち寄ったつまみも自分では中々購入しないものばかりと言うのもあり、箸まで進む。
「ローストビーフうめぇ」
「でしょー。それ、予約大変だったんだからぁ」
ふくよかと言ってもただのワガママボディを作り上げた訳ではない岡島のグルメ情報にハズレは無い。
「あぁ…来年はきっとあたしの隣には素敵な殿方がいてくれるわよね、背中を左官作業みたいに洗える男…っ」
「土方行ったらよくね?左官作業も出来るかもだし、そう言う男もゴロゴロいそうだぞ」
「いやよっ、土方なんて可愛くないでしょっ!!」
「元から可愛くねーよ」
津野の顔面に熱々おしぼりが投げられるのを眺めながら、岡島がふふっと笑う。
貸切状態と言うのもあり、どれだけ騒いでも迷惑にならないと言うのもあり、かなり賑やかなイブになった事に佑はこっそりと肩を竦めた。
結果安達の提案に乗って良かったのだろう、酒もうまけりゃ、つまみも最高。何より、家で一人で居ても色々と考えてしまったかもしれない。
今何をしてるんだろう、だとか、誰と一緒に居るんだろう、だとか。
クリスマスイブと言うのも相まって余計にそんな事しか思い浮かばないかっただろう。
それがどうだろう。
筋肉を持て余す荒ぶるオネェと愉快な仲間たち。
見ているだけで楽しめるではないか。
「松永ぁ、こっちも飲んでみるぅー?」
勧められたウィスキー。
空になったグラスを差し出せば、岡島が氷と共に注ぎ、はいと差し出してくれる。ついでに皿にも新たなつまみも添えて。
「お前…いい嫁になるよ…」
「あはは、一応酔ってんだねぇ」
こうして、クリスマスイブはモテない男達と共に過ごし、終電を逃した彼等はそのまま安達の店で朝を迎えるのだった。
当たり前だが次の日は二日酔いの屍となっていた男達。
こんな事もあろうかと津野と岡島は有休を取っていたのだと、薄ら笑いを浮かべるが顔色がすこぶる悪い。
「じゃ、今日の夜も来れるの、あんた達…」
流石にクリスマス当日は、こんな状況と言うのもあり、集まる事は無いだろうと思っていた佑だが、矢張り自分は甘いのだ。
「よしきた…」
「今日は…ケーキ用意してくれるんだよね」
口元を手で覆いながらも、親指を立てて見せる二人に安達も頷く。
「佑、あんたは?」
勿論大丈夫よね、と感じる圧は決して気のせいなんかではない。
化粧が取れ掛かっている安達が恐ろしい、と言う訳でも。
ただ、
「りょーかい…うぷ…っ」
一言喋る度に込み上げてくるこの状態が少しでも緩和されていればいいと思うばかりだ。
*****
『えっ!!!!』
「何?」
『え、え、おま、ええ!!嘘だろっ!!?学校来てんのっ!』
「そうだけど?」
パレットに並ぶ色とりどりの絵の具。
それを混ぜ合わせると、複雑な色合いの紫を作り出し、キャンバスへと乗せる常葉はスピーカーモードのスマホから聞こえてくる驚愕の声を適当に聞き流す。
『お前昨日ももしかして学校来てた訳?』
「うん、まあね」
『だから…昨日の集まりにも来なかったのかよ…』
そう言えば、昨日は冬休み前、クリスマスイブと言うのもあって村山からも、クラスメイトから『皆んなで飲もう、絶対に来てね♡』なんてメッセージが届いていた。
思い出しても今更だけれど。
「うん」
『何で…えーっと…何してんの、マジで』
「課題」
『は!?課題速攻で終わらせてたじゃん、再提出食らった訳!?』
「まさか。お前と一緒にすんなよ」
『………い、一回は突き戻されたけど…ギリ提出したし…じゃ、なくて、なんでお前が?』
普段なら生徒達の声や足音、教授や講師達の声が響く校内だが、冬休みに入った為、職員室に数人の教師がいるだけの今日。
誰も居ない教室で常葉はすっと筆を入れていく。
「何か、納得しなくて」
一度は提出したアネモネの油絵。
担当講師からも瞬時に合格を貰ったそれだが、常葉はその日のうちに絵を取り戻していた。
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