分かれ道の先

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分かれ道の先

村山との電話を終え、自室に戻った常葉がベッドに近づく。 相変わらず、すぅすぅと健康的な寝息を繰り返す佑は普段よりもずっと幼く見えるが、しっかりとした身体付きのアンバランスさに不意にどきりとさせるのだから、何となく癪だ。 (バイトして…金貯めて、からの同棲…) 広い家でなくていい。 常に佑の存在を感じられる家がいい。 あとは壁の厚みがあるところ、防音がしっかりしているところでないと困る。 色々とこだわりがあるのだから、一軒家でもいい。 「楽しみだなー…」 そうして、一緒に絵本を作るのだ。 佑の本が面白いのかと聞かれたら、詳しくは無い上に正直分からないけれど、彼の人となりが感じれる、とても暖かみのある物だと言う事だけは分かる。 それに自分の絵を付けたなら、きっともっと素敵な本にしてあげれるかもしれない。 いや、してあげたい。出来る筈だ。 「あー、本当どうしようもないくらいワクワクするー」 日本に帰って来て良かったぁ…。 ふふっと笑いながらベッドの端に腰掛ける常葉は早く起きないかな、なんて思いながら飽きる事無く佑が起きるまでその寝顔を見つめ続けるのだ。 ***** バイト先の喫茶店は明日の大晦日から正月三が日までは休みになると言う。 ゆっくり年末年始を過ごしてね、とオレンジペコーを淹れてくれたオーナーと良かったらお正月はこれでゆっくりしてね、とオーナー夫人から頂いたのはボーナスと言う名の現金だった。 余裕のある老夫婦の喫茶店を営むと言う優雅な余生だとは聞いた事があったものの、数枚ある万札を前に固まった佑は一度はそれをお断り。 しかし、いいのよと優しい笑みと共に意外と物理的な押しの強さに結局頂いてしまう形となってしまった。 (……年末年始にちょっと使って…あとは貯金だな) それに、きっと今年はそんなに散財する事も無いだろう。 バイト終わり、お疲れ様でしたと店を出た佑を外で待っていたのは常葉だ。 しかも、 「誰かと待ち合わせなんですかー?」 「その人も一緒にご飯行こうよぉ、うちら全然良いよぉ」 ーーーナンパされていると言う状況で。 流石と言うべきか、二人組の女の子に囲まれている常葉は黒のロングのコートに低めの位置のポニーテールに括った銀色の髪がよく映えている。それに加え、あの顔面。 (分かる…めちゃかっこいいもんな…) 銀色の長い睫毛もそこから覗く琥珀色の眼も、桜色した唇だって、全部が好きだ。 (俺って…面食いだったんだなぁ…) 勿論、そこだけじゃない。 今時の若者口調ではあるが、ふわふわとした柔らかい口調も、 「うるさいなぁ、僕人を待ってるって言ってんだろ。しつこいブスな上に耳悪いとか終わってんな」 ーーーーー…。 ひどーいっ!!と、甲高い非難する声にもふーんっと涼しい顔を背ける常葉だが、ばちっと合った視線にびしっと表情が固まる。 「あ…」 「…お前」 意外とまだ知らない事も多いようだ。 冬休みと言う事もあり、常葉がわざわざバイト先まで迎えに来てくれるのは有難い、と言うよりは嬉しいと言った気持ちの方が大きい。 その後は二人でスーパーに寄り、夕食の献立を考えたり、チラシの品や特売品に眼を輝かせたりしているのだが、流石にあの常葉の口調に驚愕してしまった佑に、笑顔の恋人はこう言った。 『基本はレディファーストだけど、話聞かない人間は対等には取り扱わないんだよ』 なるほど、優男と言う訳では無かったようだ。 クラムチャウダーが食べたいと言う常葉の為、コトコトと音を立てる鍋を見張る佑はちらりと後ろを見遣る。 夕食の為に片付けをしている常葉の手には原稿用紙と数冊の本。 原稿用紙の方はここ数日でかなり筆が進んだ佑が描いた絵本の物語だ。 今日一日その絵本の挿絵を描いていたらしい彼は殆どの下書きを終えたらしい。 こちらも何とも仕事の早い事。 『見せて』と言ったら後のお楽しみだよ、と貰ったのはキスひとつ。 (気になるぅー…) 気にはなる、が、ここは我慢。 出来上がりを楽しみに年末を迎える事となるようだ。 「佑ぅー、準備できたよ」 「はいはい」 取り敢えず今は二人でゆっくりと食事を摂るのを優先させよう。 すっかり別れる前と同じ、常葉の服や小物等が我が物顔に部屋を占領している。 特に冬休みに入ってからは、常葉は殆ど自宅には戻っていない。 年末年始は家族と過ごす事は無いのかと問うてみたところ、海外に居る両親は帰って来なければ、此方からいく予定も無いらしい。 佑自身、疎遠になっている実家に戻るつもりも無い為、大晦日当日、ささっと掃除を済ませ、常葉と共に買い出しへ。 夕飯はすき焼きが食べたいと言う常葉のリクエストに答え、臨時収入に少し手を付け、牛肉を始め材料を購入。 元旦用に餅も購入し、ほくほく顔の常葉を横目で見遣るも、恋人と過ごす年末がこんなに楽しみになるとはと佑もニヤけそうになってしまう。 このテンションの侭正月を迎えてしまえば、普段人混みを避ける佑であっても、浮かれて初詣にも行ってしまいそうだ。 「佑、帰ったらさぁ、先に風呂に入らない?もう飯食ったらさぁ、まったりしよー」 「あー、それでもいいかもな。どうせだし銭湯でも行くか?」 「それは駄目。何で不特定多数に裸見せなきゃいけないの?つか、見せれる訳?」 「……」 確かに言われて思い出す自分の身体はとてもじゃないが人様には見せられない。
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