ノンシュガー

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ノンシュガー

何はともあれ、まずはバイト。 夢を追うにも何をするにも、先立つものが必要、そうなると先に生きる術を決めなければ、と鼻息荒い佑に意外にも仕事を紹介してくれたのは安達だ。 『うちの知り合いが夜は飲み屋なんだけど、昼間はカフェやっててね。良かったらそこで働かない?』 ありがとう、ムキムキ。 たまには役になったマッチョな友人へと感謝の言葉を贈った佑は早速そこでバイトを始めた。 確かに昼間は社会人や学生、近くのビルにあるジムに通う主婦達が多く、カフェとして客に事欠かないようだ。 『この辺は会社もあるし、ちょっと行けばジムもある。近くには芸術系の大学もあるんだよ』 ニコニコと教えてくれたのはここのオーナー。 よくよく聞いてみれば昼間のカフェは脱サラしたご夫婦が、そして夜の飲み屋は娘さんがそれぞれ営業するらしく同じ物件を無駄なく家族で使えると言う何とも良いお得感のある店。 そして、初めての飲食業ながらも一人暮らしが長かったのもあり、軽食程度ならばすぐに作れる佑は即戦力としては持ってこいの人材。 コーヒーや紅茶、それらの豆や茶葉には苦戦したものの、それも一か月経つ頃には何とか扱える様になった。 昼の賄いもある。 夫婦は人の良い優しい理想の二人。 (なんていいバイトなんだ…) 出来るだけ長く雇って貰えたら。 そう思わずには居られない。 本日の賄いであるカルボナーラを食べながら窓ガラス越しに外を見遣る。 少し離れた場所ではオーナーがゆったりと雑誌を読みながらコーヒータイム。 ランチタイムが終わった後のほんの少しの休憩時間だ。 もうすぐまたジム帰りの主婦達やママ友の団体様が遣ってくる。 ーーーここに勤め始めて三ヶ月。 すっかり喫茶店勤めも板に着き、今ではオーナーと共にドリンクからデザート、メニューの殆どを賄える様になった。 生活の基盤も戻り、傍目から見れば順調に見えるだろう。 しかし、 (今回も駄目かぁ…) ネットからでも応募出来る絵本作家のコンクール。 洩れ出る溜め息を何とか抑え、スマホを閉じると残りのカルボナーラを詰め込む。 (才能…無いんか、やっぱ…) 今回はゆっくりと穏やかな気持ちで書き上げた作品だったのだが、掠りもしなかったらしい。 受賞発表ページの最後までスクロールしたが、何も見つけられなかった事実は覚悟していても大きい。 (ま、次、うん…) そうだ。絵本作家なんてそんな簡単になれるものではない。 一回や二回ですぐに見そめられるなんて天才しか居ないのだ。 (…今回で四回目だけどな) とぼとぼと空になった皿を厨房の水の張った洗い場へと運べば、 「食後にどうだい?」 オーナーからのコーヒーに不覚にも緩んでしまう涙腺。 「いただきますぅー…」 「はは、どうしたの?」 深々と頭を下げて両手でカップを受け取る佑に穏やかな笑う声が心地良い。 「また忙しくなるから、頑張ろうね」 頑張ってね、では無く、頑張ろうと言う物言いまで優しいそれに、先ほどまで荒んでいた心情とは裏腹に素直に『はい』と笑って返せるのだ。 その日の夕方は学生達の多い店内に佑は慌ただしく動き回っていた。 近くの美大の子達だろうね、とのオーナーの言葉通り派手な出立ちの彼等。 ゴスロリ系、パンク系、緩めのフォーマル系と言った個性的な服のリメイクに着崩し方。 量産型とは違う、まるで顔をキャンパスに見立てた様なメイク。 髪色も様々な彼等にあまり年は離れていないと思うのだが、ギャップを感じてしまう佑はこっそりと苦笑いを浮かべた。 「佑くん、フルーツパフェもう一ついいかしら?」 オーダーを受けた、人当たりの良い女性はオーナーの嫁。 奥さんと呼んでいたのだが、恥ずかしいわ、との本人の希望もあり、最近では律子さんと名前で呼ばせてもらっている。 「了解です」 出来たばかりのチョコレートパフェを渡し、早速冷蔵庫から既にカットし、タッパーに保存しているフルーツを取り出す。 ソースはブルーベリー。 甘酸っぱい香りと色味をグラスの周りにぐるりと掛け流し、底には砕いたスポンジケーキ。そこにソフトクリームを綺麗に装うと生クリームで覆う。 カットしたフルーツを見栄えよく並べ置き、最後にチョコスティックを差し込めば完成だ。 「手際がいいね」 オーナーからお褒めの言葉も貰えるそれに佑も少しだけ、口角を上げた。 出来上がったそれをカウンターに置くと、それをまた律子が運んで行き、テーブルから女の子の可愛らしい声が店内に響く。 そうしている中、再び喫茶店の扉が開き、テーブルに居た学生の一人が大きく手を振った。 「おい、こっちだっ」 「あ、青柳くんっ」 「やぎぃだぁ」 青柳だからやぎなのか。 可愛らしい。 ふふっと密かに笑みを洩らし、どんな子なのだろうかとこっそり佑もそちらを一瞥。 「おいーっすぅ」 さらりとした銀髪が揺れる。 「ーーーへ、」 すらりとした長身、高めに括った長い髪は紛い物の様にキラキラとまるで星を散りばめたよう。 何処かで見た事のある、その色。 カウンターテーブルにある簡易の水場で洗い物をしていた筈の佑がぴたりと動きを止めた事にオーナーが、首を傾げた。 「佑くん、どうしたんだい?」 その声にはっと我にかえり、へらっと笑う佑が緩く首を振る。 「大丈夫です、」 「そうかい?気分が悪いなら無理しなくてもいいから」 「はい」 そう返事はしたものの、若干泳いでしまう眼が口より物を言っている。
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