分かれ道の先

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しばし、うーんと首を捻りながら帰宅した佑はストーブを着けると部屋が暖まるのを待つ。 その間スマホで『挑発』『ポーズ』と検索。 (おぉ…) 色々なグラビア女優やセクシー女優の画像が並び、画面を埋め尽くす中、またも頭を抱えた。 「いやいや…これ無理だろ…」 成人男性が一人で挑発的ポーズを自撮りするとか。 痛い、全身打撲並みに痛い。 だが、 「………」 (多分、こいつの事だから…) 暖かくなった部屋で臍が見えるくらいにシャツを上げる。 次いでズボンのボタンを外し、ほんの少しだけ下げると、その状態でスマホを向けるとカシャっと撮影。 (…こんなもんか) ちらりと写る臍とズボンから覗く下着。 そして、添えるは一言。 【続きは自分で撮れよ】 「よし…!」 羞恥を押しのけ、送信ボタンを押した佑はふぅっと息を吐いた。 これで良いのかは分からないが、佑にとってはこれが精一杯だ。無駄に襲ってくる疲労感がそれを物語るが既読が付いたそれにはっと眼を見開いた。 返事は来ない。 それから十分たっても返信のない画面にダラダラとベタつく汗を流す佑に積もるのは不安。 「えー…マズった…?」 何かご不満があったのだろうか、それとも思っていたのと違ったのか。 今更既読のついたそれを取り消しするのも憚れる。 仕方無いと夕食作りに取り掛かり、出来た物をテーブルへと運び、もう一度スマホを手に取った。 「あ」 【頑張る、すげー頑張れる】 「……ふむ」 この文章から察するに悪くは無かったようだ。 聞けば簡単、問えば解決。 そんな気がしないでもないけれど、文字通り何やら頑張っているであろう常葉をもう少し傍観してみたい。 「はいはい、っと」 少し困った風に笑いながら、佑はいただきます、と両手を合わせた。 ***** それから更に十日後ーーーー。 既に常葉とろくに会えなくなって一ヶ月が過ぎ、季節もすっかり二月になっていた。 相変わらずメッセージの遣り取りはほぼ毎日してはいるが遠距離恋愛みたいだな、なんて安達から嫌味を言われていたものの、本日届いたメッセージはいつもと違うもの。 【今日会える?】 「おっ、」 バイト先でのまかない中、思わず出てしまった感嘆の声。 土曜日の昼過ぎと言うのもあり、まだ店内に客が数人居ると言うのに、無駄に響いた声はきっとフロアまで聞こえてしまっただろう。 「ど、どうかしたのかい、松永くん」 佑が食事をしている厨房の片隅へと心配そうに声を掛けてくれるオーナーに『すみません、何でも無いです』と頭を下げつつ、早速返事を打つ佑の指の動きは今までに無いくらいに早い。 【いいよ】 【じゃ、僕の学校分かる?】 ーーーへ? 学校? 【分かるけど、学校?お前学校な訳?】 【うん、来れる?】 【いいけど…】 【じゃ、バイト終わったら連絡して】 「りょーかい、っと…」 返事を送信し、静かになったスマホをテーブルの上に置く。 (………何で学校?) ホットサンドを齧りながら、疑問は当たり前に出てくるが、それでも会えると言う事実は大きい。 年甲斐も無く、心が弾むのを感じ、口元がひくひくと上がりそうになってしまう。 バイトが終わるまであと数時間。 現金な物でやる気もちょっとアップした気がする佑は食べかけのホットサンドを全部口の中へと放ると、ふんっと鼻息荒く店内へと戻るのだった。 学校がバイト先の喫茶店からしばらく進んだ所にある坂道の上にあるのは知っているが、行った事は無かった佑の目の前に聳え立つ大きな門。 「ここ…だよな、」 冬だと言うのに額に汗してしまったのは坂道のお陰と言うもの。 あまり運動は得意で無かった佑が体力があるのかと問われたら否で、はぁっと息を乱れた息を整える為に深い深呼吸をする。 ある程度呼吸が戻ると、早速常葉宛に連絡をする佑の心臓は違う意味でドクドクと忙しくなり、前髪を触る指も止まらない。 「佑っ」 呼ばれた自分の名にそちらへと視線をやれば、門より少し離れた所にある塀の所から人ひとり通れそうな小さな扉が開き、そこから手招きする人物。 「こっち」 ふわりと笑うその姿に、佑の心臓が大きく跳ねた。 佑が通っていた大学とはだいぶ内装から違う、この校舎。 廊下の壁と言う壁に掲げられている油絵やデザイン画。階段付近には銅像などもあり、まじまじと見渡す佑はそれがどんな価値があるのかなんて検討は付かないものの、ほうっと緊張気味に背を丸めて常葉の後を追う。 「全部生徒の作品だから、そんな緊張しなくても大丈夫だってぇ」 佑の強張った顔付きが面白いのか、ニヤッと笑って見せる常葉はそんな事を言ってくれるがそれはそれで価値があるものだ。 肩を竦めつつ、ぷくっと唇を尖らせる佑だが、それよりも気になる事がある。 「なぁ、俺勝手に入っていいわけ…?見つかったらヤバくね?」 「大丈夫っしょー。土曜日の夕方だし、生徒なんて居ないし、先生だって殆ど帰ってるしー」 階段を進んでいく常葉の背中に迷いは無い。 諦め半分に溜め息を吐く中、二階に着いた所で廊下を真っ直ぐに進んで行く。 「ここ、入って」 足を止めた先にはアトリエ8と記載された扉。 ドアノブを回し、ゆっくりと開かれた先に促してくれる常葉の横を恐る恐ると進み、中に入ると途端に香ってきたのは絵の具の匂いだ。
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