片手にオレンジペコー

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「あ、えっと村山です…やぎとは同級生でお世話になったり、してみたりと色々…」 「はは、えっと…俺は、」 常葉とはどういう関係だと伝えたらいいのか、そろりと眼を泳がせた佑に本人は蕩けんばかりの笑顔を向ける。 「佑、大丈夫。村山って僕らの関係知ってるからぁ」 「え」 「あ…」 流れゆく気まずい空気はどうしてくれようか。 お前話してあるのかよ…と言わんばかりの微妙な顔つきの佑と知っていると言うか、勝手に知らされただけなのに…と顔面を引き攣らせる村山だがどうする事も出来ない。 「そっか…、えーとまぁ…そう言う事なんで…」 「あ、あの、俺全然偏見とか…無いんで…」 「そっか、有難い…」 居た堪れなさを感じながらも、それだけ言うと顔を赤くした佑に村山も釣られて頬を染めれば、常葉がにやりと笑った。 「それよか、佑っ、僕紅茶が飲みたい」 「え、あぁはいはい。村山くんは?」 「あ、じゃあ、俺も…」 薄い茶髪に紫のメッシュなんて若干奇抜な頭の村山だが、悪い子ではないらしい。 申し訳なさそうに頭を下げる恋人の友人に、紅茶を淹れるとついでに焼き菓子をサービス。 「ありがとうございますっ」 「佑、これオレンジペコー?」 「そう」 「オレンジペコー?何、オレンジの味すんの?匂いとか?」 「はは、村山って佑と同じ事言ってる。佑もそう思ってたんだよね」 カップを抱えてハテナ顔をする村山をくすくすと笑う常葉が、ねぇ?と佑に目配せするのが何とも様になるのが癪過ぎる。 「で、どう?」 「どう、って?美味いよ、オレンジペコー」 「違うわ。佑だよ」 「あー…」 違うテーブルで接客を行う佑をちらっと見遣り、村山はふぅんとサービスで貰ったスコーンを齧った。 「いい人そう、って感じ」 「何それ。そんなのは当たり前だろーが」 「当たり前って何だよ」 「呼吸してて酸素があるなぁって思う訳、お前?」 (うわぁ…) 何て面倒くさい。 何?此処まで面倒くさい男になるわけ?どんだけ語らせようとしてんの? むぅっと唇を尖らせるな、可愛くねーよ、いや、可愛い…けども、 「常葉」 いつの間にかカウンターに戻っていた佑が下げてきたグラスやカップを洗い場へと置くと伝票をぴらぴらと掲げた。 「今日の会計は俺がしとくから、先出てろ。もうすぐ終わるし」 「え、いいよ。村山が今日は奢ってくれるらしいし」 「は、はい、俺払うんでっ、」 慌てて立ち上がりトートバッグから財布を取り出そうとする村山だが、それを制するように首を振った佑はさっさとそれをエプロンのポケットへと。 「いいよ、村山くん。お近づきの一杯って事で」 「え、で、でも…」 初対面の男性に、しかも友人の恋人にいきなりお茶代とは言え、奢って貰ってもいいものだろうか。 どぎまぎと財布を持った手を彷徨わせ、佑と常葉を交互に視線を彷徨わせるも、ゆっくりと椅子に戻り、肩を竦めた。 「い、いいんですか、お言葉に甘えて…」 有難いと言うよりも気の毒過ぎる。 ただでさえサービスだと焼き菓子まで貰っていると言うのに。 しかし、そんな恐縮する村山に佑はふっと眼を細めた。 「いいよ、常葉が紹介してくれる友達とか嬉しいし、何より仲良くしてくれてありがとう」 「………い、いえ」 聞きようによっては、まるで母親かよと突っ込みたくなる物言いだが、自然とふわりと暖かくなるような空気。 けれど、そんな佑に思わず赤面してしまった村山をむすっと眉間に皺を寄せる常葉の視線は鋭いものだったりする。 村山と別れ、常葉と二人いつもの帰り道。 「夕飯、何食べる?」 「魚がいいなぁ」 「魚なぁ…味噌汁の残りあるし、アジフライとかいいかもな」 「僕アジフライ好きだよ、さくっとした食感と骨まで食べれるとか最高だし」 佑の腕に自分の腕を絡めて、うきうきと眼を輝かせる常葉は年相応よりも可愛く見える。 銀髪の髪も今日は三つ編みなんて、余計に可愛らしいの相乗効果でしかない。 「でもさぁ、それより先に風呂入ろー、今日はイチャイチャしながら入りたい」 「イチャイチャ…」 「僕が全身洗ってあげるからさぁ」 「駄目、お前はそれだけじゃ済まなくなるだろ」 ふんっと顎を引く佑にえぇーっと不満の声がきこえてくるが、どうやら今日は駄々を捏ねても無駄な三回のうちの二回にヒットした日らしい。 そんな訳で結局一人で風呂に浸かる常葉は決意も新たに夕食後に想いを馳せる。 明日は土曜日、佑もバイトは休み。 時間はいつも以上に余裕がある。 (何だっけなぁ、目指すはタンクを空にする?みたいな?) 整った顔立ちで一体何を考えているのか、ふふっとご機嫌に浴槽から出た常葉は身体を拭くと早速髪を乾かす。 本当ならば佑に乾かしてもらうのがベストだが、それだとすぐに眠たくなってしまうと言うリスクが今日は大きい。 最近また自分の物が増えた洗面台に向かった常葉はドライヤーの入っている戸棚を開け、お目当てのそれを発見。 取り出そうと手を伸ばした瞬間、ふとその上にもう一段ある棚に紙袋があるのに眼を留めた。 「何、これ…」 いつもは見落としていたのかもしれない。ひっそりと置いてあるそれが異常に気になる。 手を伸ばし、その紙袋の中身を覗くと大きく眼を見開いた。 「佑っ、たーすぅくぅー!」 「へ、」 ドタドタと風呂場から駆け込んできた常葉がアジフライをテーブルに並べる佑へと走り寄り抱き締めたその手には、ひとつのブラシ。 「やっぱ佑って僕の事好きだよなぁ」 「は…?あ、」 捨てられなかったそれ。今更出すのも恥ずかしいと思っていたのは常葉用と書かれたブラシだったりするのだから、力強く抱きしめられた佑はあいたた…と己のセンチメンタルさに羞恥しか感じないのだった。 ちなみに髪はまだ乾かないようだ。
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