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日差しが入り込む明るさと暖かさで満たされた会議室にて、オフィステーブルに広げられた絵と原稿用紙。
一枚一枚をしっかりと確認される絵は、時折感嘆の息遣いが聞こえ、原稿用紙をなぞる眼はたまに止まり、また前のページに戻るが怖い。
どきどきと今にも口から心臓が飛び出さんばかりの緊張具合。
さっきから胸の中心辺りからじわっと寒気に似た感覚が広がり、すんっと背筋が伸びる。
「いや、一通り読ませてもらいました」
久保が眼鏡を外し、その隣で見ていた白居もうんうんっと大きく頷いた。
「絵に関しては、もう何と言うか、流石としか言いようがありませんね」
「そ、そうですよね」
「背景、人物、動物、全てのパーツもバランスが取られて見えるし、特に人の眼を惹く雰囲気は素晴らしいです」
そうでしょうとも。
「ありがとうございます、」
頭を下げる佑はきゅっと唇を噛み締めると、次に来る言葉を待った。
「で、ストーリーの方ですが、」
「はい、」
来た、と姿勢を正し、思わず出た声も竦み上がった物になったが、久保が向ける視線を佑も真っ直ぐに受け止めるよう、俯いたりはしない。
出来るだけの事はやったのだ、常葉の絵に恥じない様にと何度も推敲だって自分でやれるところまでやった。
まぁそれでも極度の緊張から、頭に心臓があるんじゃないかと思うくらいドクンドクンと鼓動が煩く響く。
にこっと微笑む久保と眼が合い、はにかんだ笑みを浮かべる佑はぎゅうっと膝の上で拳を握った。
「貴方の人となりが出ているような、とても柔らかい素敵な作品だと思います」
「ありがとう、ございますっ」
「絵本と名前の如く、絵との相性もいいんでしょうね、僕は好きです」
「嬉しいです…」
悪意も嫌味も無い優しい言葉。
途端に不安になるのはその後に続くかもしれない、逆接の接続詞。
「では、こちらは一度預かりになりますので」
「………え、」
「一度預かってから会議に掛けるかどうかも決めないといけないので」
「あ、はい、あ、なる、ほど…」
なるほど…なる、
――――え、と言う事は、だ。
「またご連絡さしあげますね。お疲れ様でした」
ふわりと微笑む久保がまとめた原稿用紙を茶封筒へ入れると白居へと渡す。
「それ、他の編集者にも回しといて下さい」
「はい、了解っすーっ」
久保と佑にそれぞれ深く頭を下げ、大事そうに茶封筒を抱えると軽い足取りで会議室を出て行った。
半ば唖然と言うか、現実味を感じないと言うか、他人事の様にと言うか。
ぽかんと口を開けっ放しにしていた佑に改めて久保がお疲れさまでした、と伝えてくれるも、解き放たれた緊張に身体は今にも机にひれ伏してしまいそうだ。
「い、え、あの、ありがとうございます…っ」
「いえいえ、どちらかと言うとここからが難しいと思いますので、そこはきちんと覚えておいてくださいね」
「はい」
つまりは、久保さんには合格を出してもらえたと言う事。
これから社内で査定されるのだろうが、それでも歓喜しない訳が無い。緩んだのは緊張だけでなく、表情筋までも。口角が上がるのを唇を引き締める佑に、久保はそうそうと続けた。
「絵を描いてくれた人とは一緒に続ける予定ですか?」
「え、あ…そう、ですね…本人さえ良ければ…ですが」
尤も今回が駄目だったら絵本作家の夢は諦めようと思っていた佑だが、もう一度夢を追いかけたいと言う気持ちが出てくるのは仕方が無い。
あの常葉の絵を物語として世に出したいと言う気持ちが強い。そんな事しなくとも常葉の才能があれば放っておいても広まるとは思うものの、けれど出来たら、欲を言えば…
(二人で…一つの物をつくりあげたい…!!)
そんな決意は固い。
「あの、ユニットみたいにしたいなと俺個人として思ってます」
「いいですね、今度是非紹介して頂きたいです」
「――そ、うですね…」
銀髪美形でハーフで帰国子女で自分の恋人、且若干人格に難がある…なんて色々てんこ盛りのあの男を、こんな紳士の具現、長の様な人に会わせるのは非常に不安しかないがこれも夢の為。
(ちゃんと躾けておくか…)
久保に深々と頭を下げ、出版社を出た佑は油断するとスキップでもしそうなくらいに心浮かれている。
これから先の方が難しいと言われたのは理解している、覚悟だってある。でもそれでも、もしかしたらあれが一つの形になるかもしれない、そう思うだけで興奮しかない。
ちょっと、奮発しようか、と思うくらい。
いつもと違うスーパーに寄り、魚介を中心に買い出し、ついでに前に常葉が一番好きだと言っていたポン酢も購入。
暖かい季節になってきたけれど、今夜は鍋だ。
締めには雑炊、卵と刻み葱も用意すればバッチリだろう。
そうして出来上がった鍋を前に、
「うわぁぁぁ…超うまぁぁぁぁい…」
ふわわわっと箸を握りしめ、ぎゅうっと肩を寄せる常葉は大満足の様子だ。
あめぇじぃんぐ、だとか、そーやみぃぃぃ、だとか時折絞り出し、低く呟く声が聞こえるが、佑からみれば非常に可愛らしい。
女子がスイーツを食し、旨さに身を震わせる光景と同じだ。
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