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何より好きな相手とこうして鍋をつつけるなんて至福以外無い。
「あ、そうだ。佑これ」
〆の雑炊をハフハフと頬張っていた常葉が思い出したように、鞄から取り出したのは白い封筒。それを佑の前に出すと、ふふっと眼を細めた。
「何だ?」
「開けてみてよ」
中身を取り出してみれば、それはチケットの様な紙。
いや、まんまチケットのそれをまじまじと見つめた佑は、あっと口を開ける。
――展覧会用チケット【招待用】との文字。
「僕のあの絵、一番奥のワンフロア、壁一面貸切にどんと飾られるんだってさ」
「メイン扱い?すげぇな」
「ふふー。まぁ、僕から見ても今回はかなりの自信作だし。うっせぇジジイも黙らせる事が出来て、かいかーん♡」
ジジイとは一体誰の事を指しているのか、定かでは無いが聞いた所で気分が良い事は無いだろう。
手元のチケットを眺め、佑はふっと息を吐いた。
「で、これ俺が貰ってもいいの?」
「いいよぉ」
「ありがとう」
「絶対に来てっ、あ、一緒に回る?デートのついでとかに」
「一緒か…」
それはそれで悪目立ちしそうだ。
ただでさえ目立つ常葉の横にこんな年上の男が並んで絵画を見て歩く等、一体どんな関係だと好奇の目に晒されそうな気がしないでもない。
(……でも、)
「じゃ、ついでに出版社にも一緒に顔出すか…」
「出版社?何それ、」
あちちっと蓮華を口にする常葉の頬がふっくらと膨らむ姿にきゅんなんてしながら佑もとんすいと蓮華を持ち上げた。
「出版社が…絵を描いた人にも会いたいって。挨拶みたいな」
「ご挨拶?え?恋人ですって?」
「んな訳ねーだろ」
やだ、恥しいと両手を頬に当てる常葉の眼元が赤く染まるも、その表情は明るい。
こんな不安定で何も確立されていない状況でも、幸せに満ちた暖かい気持ちになれるのはきっと彼がいるからだろう。
佑の中でどれだけの存在感があるかなんて、もう自分自身も分からない。
ただこの先もずっと、常葉と一緒に鍋をつつけたら楽しいだろうな、と思うのは紛れもない事実なのだ――。
「取り合えず初日に来てくれたら嬉しいなぁ、なんて」
「急だな、色々と…」
「えー善は急げでしょ?」
「急がば回れって言葉もあるんだよ」
「日本人って屁理屈だわー」
*****
春に向けて段々と薄着になってくる世間だと言うのに、この男の胸板は何故に厚みを増すのか。
「あらぁ、久しぶりねぇ」
「こんばんはー、和さん」
扉を開けた向こうにある黒から鮮やかに光る銀色が見える。
光るのは銀色の髪色だけか、それは反語。
「相変わらず綺麗な顔ねぇ、お肌もつやつやだことぉ」
「知ってるぅー、よく言われるし、佑からもぷにぷにされるのが最近の癒しなんだよねぇ」
いらん事まで教えてくれる常葉にひくっと安達の顔が引き攣りそうになるも、当の本人はふふふーっと笑いながらカウンターに座る。
「今から僕のツレが飲みに来るから、予約いい?」
「あら、あんたが幹事なの?いいわよ、何人?」
「十二、三人かな」
はいはいと伝票を準備する安達を見遣り、次いでその眼をカウンター、壁際へとやる常葉はふっと口元に笑みを浮かべた。
「ちゃんと育ててくれてんだ」
「あぁ、花はもう枯れちゃったけどまた咲いてくれるでしょ」
「へぇー」
「アネモネは多年草なのよ?あんたそんな事も知らないであたしにくれた訳?」
「花とか全然興味ねぇもん」
「まったく、あたしの所に来て正解ね」
はぁっと大袈裟なくらいの溜め息をこれみよがしに吐き出す安達の盛り上がる三角筋、上腕筋はデカくとも繊細な働きをしてくれるのだろう。
「で、上手く行ってるの?」
「当たり前じゃーん、相思相愛って言うやつ?何か佑といると耳の奥の痒い所も気持ちよく掻いてくれる感じ」
むぅーっと口元に手を当てて、惚気を砂糖と蜂蜜と小豆で煮込んだ様な、そんな甘ったるい雰囲気に聞くだけで胸焼けを起こしそうだ。
若さとは時に恐ろしい。
やだやだ…っと己の身体を抱きしめる安達だが、『それでさぁ…』と続く常葉が急にじっとりと眉間に皺を寄せる。
「佑の友達で、ガチな奴とか、居ないよね」
「――――…は?」
安達の眉がぴくっと上がる。
「何か、前に…別れた時…あ、距離を置いてた時。その時、佑の部屋から男が飛び出してきたから、」
「…前の晩から酒盛りしてたんでしょうね」
「勿論僕だってそうは思ってたけど、その前の夕方に駅前で見かけてて。その後一晩二人で過ごしたんだって思ったら何か面白く無いじゃん。朝も髪も中途半端に濡れてて、出る前にシャワーしたんだろうな、って。で、着崩したままの服は昨日の服のだったら、普通心配するでしょー?」
「何言ってんのよ…それくらい男友達間だったら普通でしょうが」
「えー、僕だったら嫌だなぁ」
(嫌だな、って…え、待って)
――――その前の夕方に駅前で見かけてて、
前の夕方に見かけたから、朝確認をしに佑の住むアパートに行ったと言うのだろうか。
「いやっっ!!!!!怖っっっっ!!!!!」
「はぁ?」
心外だと言わんばかりの顔を見せる常葉は確かに、それはそれは整った顔をしている。だが、行動が恐怖過ぎる。
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