片手にオレンジペコー

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大体それではスのつく自称SPみたいではないか。 「でも僕それ見て、佑の幸せを願おうって一応は思ったんだからさぁ」 「そんな気持ちが等価交換出来ないくらい怖いのよ、あんたの行動っ!!」 やだもぉーっと引き気味の顔を隠そうともせずに眉間にブラックホールでも作る勢いで濃い皺を寄せる安達の心配が向けられる先は誰でも無い、佑へだ。 意外とのほほんとしているから、この男の執着にも似た激重感情にも気付かないのか、それとも、 「とにかく…アイツが怖がるような事するんじゃないわよ…」 「僕がぁ?する訳ねーじゃん」 「……あぁ、そう」 重い溜め息を吐くしかない安達にふふふっと誰もが見惚れんばかりの笑顔を見せてくれる常葉だが、その笑みにどんな意味が込められているかだなんて、誰も知る事は無い。 ーーーー常葉の絵を観に行ったのはそれから二週間後の事だ。 最初の三日間は来賓者に挨拶をしなければならなかったようで、帰る度に疲れた、抱っこだの疲労を口にしていた常葉だが、四日目はそんな素振り等微塵も感じさせないエスコートに、ドキドキと緊張しながらも真っ白な壁一面に飾られた絵は、佑にほうっと息を吐かせた。 周りで閲覧している来場客達も、ほぼ同じようなリアクション。 「やっぱ…すげぇな、お前の絵」 「そう?佑に言われたら嬉しい」 フロアに入った瞬間、絵に描かれていた森がまるでその奥までにあるかのように、自分が森に迷い込んだかのように感じた。 そんな錯覚をさせるのは矢張り常葉の絵の繊細な色使い、それとは対照的な迫力。 「すごい好きだ、この絵…」 「は?僕よりも?」 マジレスする気にもならない男の返しは放っておいてーーーー。 「何て言うか、」 「佑、ねぇ、聞いてる?たす、」 「俺の恋人は凄いな」 「ーーーーーは、」 ふっと笑い、少しだけ視線を上げたその先の耳が真っ赤に染まっているのを確認した佑は、またおかしそうにクスクスと笑った。 その後、ウッキウキの常葉に手を引かれ、向かった先は出版社。 久保へのアポは事前に取っていたというのもあり、すんなりと出迎えて貰う事が出来た。 ただの挨拶だからとロビーで待たせて貰った佑に小走りで近寄って来てくれた久保が佑の隣に寄り添う常葉に対し、 「え、か、絵画…?」 なんて、後退りした行動には吹き出しそうになってしまったがーー。 笑わなかった自分を褒めてやりたい。 そんな事を思いながら、宜しくお願いしますと頭を下げた佑に常葉も促される様に頭を下げる。 「こちらこそ、宜しくお願いします」 にこやかに二人を見遣り、そっか…なるほど…と呟く久保が慈しむような笑みを浮かべ、何を思っているかは知らないが、やたらと納得したように頷き、応援してます、と五回くらい告げられたものの、その真意は佑が自宅に着いてから気付く。 「ーーーあ、」 『恋人、ですか?』 初めて常葉の絵を見せた時、確かに久保はそう言った。それにまた肯定もしなかったものの、顔を伏せ何も言わなかった自分が居た、とーーー。 (そ、そういう事か…、) 「うぅ、うー…」 居た堪れない羞恥心にその場で蹲った佑に、『風呂沸いたぁ、佑入ろー♡』と陽気な声が掛かるまでもう少しだ。 矢張りと言うか、想像通りと言うか。 展覧会での効果は抜群だったらしい常葉の元に援助をしたい、支援を受け取って欲しい、うちに絵を描いてくれないだろうか、等の話が来たのはすぐの頃。 中には女性社長、会社役員だと言う肩書きを持つ人間から自分の肖像画を描いて欲しい、住み込みで十年契約、だとか訳の分からない話も舞い込んで来たのだが、その誘いの言わんとするとこが手に取る様に分かる常葉は薄らと笑みを浮かべた。 「気持ち悪いババアとかおっさんとか、マジ勘弁」 学長直々に渡された書類をゴミ箱へと放り、ご機嫌に教室へと戻れば、気付いた村山がひらりと手を振る。 「何、学長の話なんだった訳?」 「んー、よく分かんなかったなぁ、僕まだ日本語弱いからさぁ」 「お前一年の頃の俺の夏休みの課題見て、水泡に帰するとか言ってたのを覚えてるからな…」 何が日本語が弱いだ、と舌打ちせんばかりに顔を歪める村山だが、常葉は笑みを深くすると机に置きっぱなしだったノートや教材を詰め込む。 「まぁ、何て言うか、僕にとって答えはこれしかない、至極簡単な事なんだよねぇ」 「え、何が簡単?」 ジャケットのポケットに入れっぱなしだったスマホにはメッセージ。 【佑んとこに泊まってたのは、あたし達の友人よ。泊まった本人が言ってるから、安心なさい】 ありがとうー、と素早く返信し、筆記用具と共に鞄へとスマホを放り、『簡単な答え』を待つ村山へと視線を向けた。 琥珀色した甘い眼。 銀色の色素の薄い髪色から覗くそれは、誰もが魅了される、当たり前に未だ村山だってドキリとさせられる、 「僕は佑だけの為にしか動かないし、それ以外は必要無いって事」 ーーーーひゅ、 本当に色んな意味でドキッとさせられる村山の顔色はよろしくない。 「勿論友人は居ても全然いいけどねぇ、お互い」 「…あ、あぁ、そ、う」 今更取ってつけた様なフォローを入れられたとしても、一度見た『本気』とやらはどこまでも根が深いのだと、改めて思う常葉の友人だ。
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