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オレンジのガーベラ、アルストロメリアに黄色いバラ、トルコキキョウ、かすみ草。
あまり花に詳しくない佑だが、綺麗な物は綺麗だ。
花の香りも皆落ち着く良い香りだと聞くけれど、普段気にもした事無い。
でも、今日は違う気がする。
白い紙袋を右手に下げ、左手に抱えた花束。
バイト先のオーナーから貰った花束は少し離れた先にある花屋で購入した物らしい。
片腕で抱えるには大き過ぎるそれをよいしょっと抱え直し、ふぅっと息を吐くも、その足取りは軽い。
すっかり陽が長くなり、余裕でスーパーに寄れるが両手が塞がれた今は無理だ。
一度帰宅してから、改めて買い出しへと向かうべきだろう。
あ、いや、
(外食、しようか…)
それでもいいかもしれない。
足早に帰り着いた先はいつものアパート。
鍵を取り出すのも億劫で爪先で軽く扉を小突くと中から解錠される音と共に髪を掻き上げながら出てきた常葉がくりっと眼を動かす。
「え、何この花束…」
「オーナーから貰った、つか、持って」
「あ、うん」
流石にずっと同じ角度で大きな花束を持っていた腕が悲鳴をあげている。
常葉が受け取ってくれた事で解放されたそれをぐるぐる回し、ついでに首を回すと目に入るのは、ほとんど何も無い部屋と片隅にある段ボール。
「だいぶ片付いたな」
「頑張ったしねぇ」
「悪かったな、一人でやらせて」
「大丈夫、僕器用だし。あ、出版社からの荷物は段ボールの上ね」
「ありがと」
「佑の服なら詰めていくのも楽しかったからさぁ」
一人部屋でせっせと荷造りしていたのであろう常葉を想像すると、ぎゅうっと胸を締め付けられる感が強まる。
花束をテーブルにそっと置き、ちゅっと唇を当ててくる常葉を受け入れ、佑はよしよしと少し上にある頭を撫でるも、
「あ、でもクソほどダッサイ服はそこのゴミ袋に入れてるけど」
「は?」
ーーー
ーーーーーー
ーーーーーーーーーーーー
幸い断捨離しようか迷っていた服だった為に、拳骨一発で済んだ常葉が恨めしげに佑の腰に手を回し、くすんと鼻を鳴らす。
(ーーーかわいい…)
むむむっと唇を噛み締める佑は相変わらずも良いところ。何の成長のひとつも無い自分にやれやれと肩を竦めるも、すぐにあっと思い出した様に常葉へと顔を向けた。
「あのさ、飯食いにいかね?」
「外食?」
がばっと上げられた顔が近い。整った顔が嬉しそうに頬を染めているのがたまらない。
「そう、外食。惣菜とかおにぎりとか買おうか迷ってたけど、」
ーーーーだって、もう、
「もうこの部屋何も無いしさ」
ぐるりと周りを見渡す。
「確かにねー。無駄にゴミ増やさなくてもいいし」
明日、この家から引っ越しをする。
新しく借りた家は一軒家。常葉が見つけて来たとあって若干不安はあったものの、大きくは無いが、二人で暮らすには十分な広さと清潔さ。
佑もすぐに気に入ったのは内見にも行った一週間前の話だ。
「何か、ちょっと寂しいな、やっぱ」
「あー、佑って大学卒業してからずっと此処だったんだっけ?」
「そう」
静かに作業出来ると言う条件だけで決めた部屋だったが住めば都以上の部屋だったと改めて思う。
特に最後の半年はいい思い出しか無い。
「でも、次の所では僕がずっと一緒に居るんだけどぉ、かなり優良物件ですからねぇー、お客さまぁ」
「分かってるって」
くすくす笑い、そう言えばとオーナーから貰った紙袋の中身を確認。
「それ何?」
「これもオーナーから貰った」
花束はキッチンのシンクに水を張り、そこに浸す事が出来たが、もしナマモノだったりしたら今日にも食べてしまわないといけない。
しかし、
「ーーーーあ、」
中に入っていたのはコーヒー豆と焼き菓子、そして、
「オレンジペコーだ…」
「あぁ、紅茶」
「お祝いだから、って貰ったんだけどさ」
有難い。
是非これを新居でまったりと飲みたいものだ。
「いいね、これ向こうで最初に飲もうよ」
「え、あ、ああ、うん、そうだな、」
にこりと微笑む常葉と同じ事を思っていたとは。
何だか気恥ずかしいけれど、嬉しいと素直に思える。
可愛らしい缶をぐるりと見回し、佑も自然と口角が上がっていく。
「俺も同じ事思ってた…」
「え、そうなの?もー僕ってばすっごい愛されてるぅー」
背後から手を伸ばし、腹の辺りをぎゅうっと抱き締める常葉がすりすりと頸に頬を当て、耳に届くのは嬉しそうな声。
そして、思い出されたのは、
『オレンジの味しないんだけどな』
『何それ、当たり前じゃん』
『え?』
「ーーーー何それ、当たり前だろ」
「え、」
後ろ手で頭を撫でると、びくっと常葉の身体が揺れたのを感じ、ひひっと笑う佑はまたオレンジペコーを見詰め、次いで段ボールの上にある荷物に視線だけを向けると、ふっと泣き出しそうな表情で常葉に口付けた。
もう分かれ道がいくつもあった後ろを振り向く事は、もう無い。
君と二人、片手にオレンジペコー。
絵の具の匂いがするアトリエ部屋でも、まったりとした穏やかな時間を過ごすリビングでもーーー。
「出来上がった絵本見ながら、ゆっくりお茶しよーな」
終
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