カップは事前に温める

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カップは事前に温める

朝日が洩れるカーテンは常葉が選んだもの。 淡いオレンジと黒のバイカラー。 ダブルベッドも常葉が購入。 佑があからさまに嫌そうな顔をすれば、それを上回る勢いで悲し気な顔を見せられる羽目に。 自分と一緒に寝るのは嫌なのかと、不貞腐れた態度を取る恋人に、違うんだ、購入させてしまったのが申し訳ないのだと説明すると、 『僕だってバイト頑張って貯めたんだけどぉ』 『そ、っか、』 じっとりと非難する眼でそんな事を言われたら受け入れるしかない。 そんな訳で佑の要望も取り入れつつ、寝室に至っては匠も寄せ付けないであろう常葉のこだわりの強い一部屋となった。 ベッドから起き上がり、床に落としっぱなしだった下着とシャツを拾い、クローゼットからスウェットを取り出す。かなり広めのそこは、八割は常葉の物だが収納が広いと散らかって見えないのは佑にとっても有難い。 「たすくー…」 隣から体温が無くなった事に気付いた常葉の寝ぼけ眼の声が聞こえてくる。 「おはよ、コーヒー淹れるけど」 「ちょぉー…待って、僕も起きるから…」 「はいはい」 「たすくー、おはようのちゅーしてぇ」 一気にカーテンを開き、太陽の光が部屋の隅々までを照らす中、キラキラと光る銀色の髪がベッドの上でゆらりと揺れるのを見遣り、愛おしいと思うチョロい佑は長い髪を暖簾の如く手ですくい挙げると、やってるー?なんてキスを落とした。 新居に引っ越しをして、半年。 「あのさ、佑」 「うん?」 本日土曜日、朝食も終わり、洗濯も掃除も済ませれば後は二人の時間。 同棲しといて二人の時間て、と思われるかもしれないが、何でもない日にこうして佑を腕の中で抱きしめながらソファでまったりとするのがこの上ない至福な常葉は嬉しそうに眼を細めている。 時折シャツの中に手を伸ばしては、すすっと肌に指を滑らし、咎めればすぐに眉を八の字に唇を尖らせるのだから、会得し過ぎたあざとさだ。 「僕一応進路指導的な物を言い渡されてんだけどさぁ」 「遅いくらいだろう」 「そうそう、いい加減活動しろーって」 あははと笑う常葉は今日もキラキラだ。 眩いばかりの笑顔をちらっと振り返り際に見遣り、にやけそうになる口をむぎぃっと食いしばる佑は相変わらず可愛いもの好き。 綺麗だと思っていた常葉だが、今ではすっかり何をしても可愛いと思ってしまう。 お陰で最近では夜も流されてばかり。 上流から流れて下流どころか、海のど真ん中なイメージだ。 そんな自分を誤魔化す様に、こほっと咳払いをする佑は常葉の胸に頭を預ける。 「で?お前何て言ってんの?」 「んー、永久就職?そうやって言ったら先生固まったんだよねぇ」 またあははと笑う常葉だが、ぎくっと肩を揺らした佑は思い切り後ろを振り返った。 「は、お前、何それっ、」 「えーだって、僕等子供まで作っちゃったのにぃー。責任取ってくれない訳、佑ってぇ」 「こ、ども、って…」 「子供じゃん、次は二人目も作るだろー?」 ふふーっと嬉しそうに常葉が唇を押し当てる場所は、しっかりと皺の寄った佑の眉間。 (子供かぁ…) あながち間違ってはいないと思うのは、確かに常葉と作り上げた物だから。 ――――二か月前に発売された絵本。 何度となく久保と打ち合わせをしながら、ようやく作り上げた作品のお陰で絵本作家になる事が出来た佑の処女作。 本来なら新人作家等、あまり目立ちもしないのかもしれない。 むしろ新刊なんて売れる方が難しく、ロングセラーに敵う筈も無いのだが、それは矢張り常葉のお陰とでも言うべきか、表紙の美しさに目を惹かれるのは大人だけではなく、目的通り子供達にもウケたらしく、想定外の売れを見せてくれた。 久保からも上出来です、と珍しく鼻息荒く興奮気味な電話を受け、当の本人である佑はポカンとしてしまったが、実際本屋へと足を踏み入れてみると【おすすめ!!】と書かれたポップの下には自分の絵本が積んであり、実際それを手に取る客を確認すると感動からその場で蹲ってしまった程だ。 つい先日重版も決まった。 そうして、次の作品も期待してますね、と言われたのは事実。 だが、しかしだ。 「お前さぁ…そう言うのって親御さんにも相談すべきじゃねーの?」 まさか、進路相談で男から永久就職なんて単語が飛び出すとは思わなかっただろう。 常葉を担当している教師に同情すらしてしまう。 「え、親?」 「そう、一応ちゃんと親にも相談って言うか、報告しなきゃいけない事だろ?」 一緒に絵本を作って、デビューまでしておいて今更とも思われるだろうが、今からでも順番を守るのも必要かもしれない。 「でもさ、学校側はもう俺が佑の絵本に携わってるのは分かってる事だし、それに親も一緒に面談はしてるよ?」 「―――え、」 まさか今日本に帰国しているとでも言うのか。 瞬時に顔色を変えた佑の顔は真顔どころか、固まってる。 「リモートだよ、リモートぉ」 そんな佑にくすくすと笑いながら、今度は対面で抱きしめる常葉はご満悦顔。 「り、リモート…あ、なるほど…」 いや、なんもなるほどくねーよ。 「い、いやっ、俺もご挨拶必要じゃねーのっ!!一緒に住んじゃってるし、もうやる事やってるけど、それでもさぁ、」 「あー、帰ってきたら紹介はするって言ってる」 「あ、あぁ…そう、」 ―――――――え、待って。
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