カップは事前に温める

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「お前の親御さん…俺の事、いや、つーか、俺らの『関係』知ってんの…?」 「え、うん」 「……え、えぇぇ…」 何をそんな当たり前でしょ、みたいな顔をしているのだろうか。 小首を傾げるな、可愛いが増えるワカメの脅威で溢れていく。 でも、それよりも、まさかの常葉両親の佑への認知。 ちらっと向かい合う常葉は恋人とは言え、他人の佑から見ても可愛い。それが親ならば尚更、見た目もそれはそれはそーきゅーと、加えて絵の才能があるのだから、あんびりばぼーだろう。 そんな息子、きっと自慢の息子を、自分の様な何の取柄もない、地味で冴えない普通の男と付き合っているなんて、 (ショック受けてんじゃねーの…) 不安に思わない訳が無い筈だ、お互いに。 「もー…お前マジかよぉ…」 思わず声に出た愚痴に、常葉のきょとん顔がむっとしかめっ面へと。 「何ぃー、その反応どう言う意味?もしかしてだけど、佑ってキリが良い所で僕と別れるつもりだったとかないよねぇ?」 「んな訳ねーだろっ!そうじゃなくて、そのぉ…、何て言うか、」 心の準備が出来ても居なかったのに、と言う、こちらの都合の問題。 元カノの時だってあちらの親御さんにご挨拶等した事は無かったのだが、常葉の親となれば話は別だ。 佑からしてみれば、この先一生この男と居るつもりなのは勿論、公私共にパートナーであって欲しいと願っているからこそ、きちんとしてからと思っていたのに―――。 「きちんと、って?」 そんな佑に怪訝そうな眼を向ける常葉が逃がさんとばかりに腰をがっちりと掴む。 「そ、それなりに、実績を作って、みたいな…」 「何それ」 全然意味が分からんと肩を竦める常葉の髪がさらりと流れ、佑を見遣る流し目が若干恐怖しかない。 「佑は僕が選んだんだから、もっと自信持てよなぁ」 「そ、うかな…」 「そうだよ、なんだかんだ絵本作家でデビューもしたし、飯もすごい旨いし、一緒に居て楽しい、ずっと一緒に居たいって思えるし」 「お、おぉ…」 「あと、エッチも最高だし、エロくなった時の佑とか僕のちんこ、全部絞り出されるーってくらい、頭バカになりそうなくらい気持ち良くてぇー」 なりそうではなく、馬鹿の虚言にしか聞こえない。 「それ全部ひっくるめて僕の佑なんだから、もっと自信持って欲しいんだけどさぁ」 「………自信、か…」 色々と思う所はあるものの、常葉にとって佑は自慢の恋人であると言うのは間違いないらしい。 何の恥ずかし気も無く親にも堂々と紹介出来る程に。 「親御さん、こっちいつ帰るとか、あんの?」 「さぁ、なんせ仕事が忙しい二人だからなぁー。二年くらいは掛かんじゃね」 「二年…か、」 それまでには、自分ももっと自信のある男になれるだろうか。 容姿云々はもう仕方ないとして、大人の男として、年上の男として、常葉を任せられると太鼓判を押してもらえる男になりたい。 それ以上に問題は色々と山積みかもしれないけれど、全部払拭させる事が出来ないかもしれないけれど、常葉と一緒に居たいと言う気持ちだけは負けない様にしたいところだ。 「あ、あとさ、変に気負わないでね」 にやりと笑う常葉に今度は佑がきょとんと眼を見開いた。 「え、何、どういう意味?」 「だからぁ、僕は普通の佑が好きなんだから、変に背伸びしたり、全然似合わない事して欲しくないって言うか」 「そ、っか」 「それにうちの親、別に佑に悪い印象持ってないみたいだし、安心して」 「マジか…」 「それどころか、ちゃんと勉強が実を結んだぁとか言って喜んでたくらいだし、お礼言いたいって言ってたよ」 そんな事を言われてポーカーフェイスではいられない。顔を覆う熱は首まで。 もじっと身体を揺らし、誤魔化すように俯く佑の旋風を見ながら、 「やっぱ佑、めっちゃ好きぃー」 なんて、そこに口付ける常葉がふふっと静かに唇を上げているのは誰にも見られる事は無い。 「…で、お前本当にその、永久就職とか、する気でいるのか…?」 再度提出された進路希望書。 第一希望から第三希望まであるそれにデカデカと書かれているのは、『タスクのところにえいきゅうーしゅうしょくぅ』と書かれている文字だ。 永久就職くらい漢字で書いてみてはどうだろう。いや、問題がそこじゃ無いのは分かっている。 コレを見て頭を抱えない担任などいる筈も無く、例外に洩れず、この教師も青白い顔に不似合いなくらいダラダラと汗を流していた。 「そうだっつってんじゃん。僕は佑のところで甘えて、良い子良い子されながらずーっと一緒に居るんですー」 めっちゃ羨ましいでしょー、と屈託の無い笑顔の青年にどう突っ込めばいいのやら。捌き切れない、自分の手腕では無理だ。 「そ、そのタスクさんとやらは…、絵本作家の方で間違い無いんだな、お前が挿絵をしている…」 「そうそう」 うっとりとした、光悦の表情を浮かべる、銀色の髪と琥珀の眼、長い手足を持つ、芸術家の最高傑作の様なこの男。 そんな男を虜にしたタスクとやらの女は一体どんな女性なのだろうか。野暮で下世話な疑問だが、考えずにはいられない。 絵本の著者名もたすくと平仮名表記。
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