カップは事前に温める

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酒の力もある。 相手も酔っ払い。だったら軽いノリで面白半分に納得してくれるかもしれない。 「あの、さ」 と、口を開いた佑に一斉に集まった視線。 「どしたー?」 「ん?」 「…あー…、いや、」 ぎくしゃくと曖昧な笑みを浮かべ、グラスを煽る佑は、はぁ…っと気付かれる事の無い溜め息を吐いた。 (駄目だわ…) 酒の勢いを借りてカミングアウトなんて失礼が過ぎる。 友人にも、常葉にも。 頂いたお歳暮がいらないものだから、違う人へのお中元にしようってくらい失礼な気がする。 それに若干だか、恐怖だって当たり前にある。 だから、 「今度…紹介したい人が居て、さ」 それだけ言って耳を赤くする佑に何かを察したのか、 「あー…」 ほんの少しだけ眉を顰めた津野と、 「そっかー、その時はすぐに連絡してね」 と、笑う岡島にやれやれと首を竦める筋肉安達。 いつか来るその日までに、常葉を少しだけ躾けておこうと思うのだ。 そうして、自分の気持ちも。 少しでも、恥じる事なんて、無いようにーーーー。 暖かくなるのだから、薄着も多くなる。 目立つ所に跡を付けるなと言われたからか、佑の胸元、脇腹、内股と赤く色付いた肌は淡い梅色から、鮮やかな珊瑚色、だいぶ落ち着いた薄紅色と、まるで花を散らしたかの様な肌に。 そんな佑を見下ろし、完成した絵の如く、満足そうに口付けする常葉は甘えた風に頬を寄せた。 「佑の友達に会うって緊張するよなー」 声音から全くそんな感情なんて感じ取れないが、浅く息を吐く佑は突っ込んでいる余裕など無い。 むしろ、物理的に突っ込まれているのは佑自身。 「僕の事恋人って紹介してくれるんだぁ」 「ん、っ、ちょ、」 会話をするのか、セックスをするのか、はっきりして欲しい。 こんな状況下でベラベラと会話をする術等彼にはまだ無いに等しいのだ。 しかし、そんな佑をふふっと至近距離で眺める常葉はゆっくりと腰を動かしながらその様子を堪能していく。 そして、 「恋人って言う紹介は、僕が佑の友達に馴染んでからでいいよ」 優しい声音に佑の眼がゆっくりと開かれる。 「え、」 「だって、いきなりじゃ佑だって怖いだろ?だったら一応は絵本のパートナーとして紹介して。僕が先に佑の友達に気に入られる様に頑張るからさぁ」 「ん、あ、ぁ」 「それで、僕を見て『佑を任せられる』って思われたら恋人でもあるんだ、ってカミングアウトすればいいじゃーん」 内壁を擦られ、当てられ、脳と視覚が揺れる中、そんな常葉の声が佑の耳に優しく降り掛かり、それだけで涙が止まらない。 どこまでも、甘い。 きっと佑の見られたくない内側まで察して、露骨に触れない様に、ふわりと包んでくれるような安心感。 「う、うん、ん、」 情けないと思いつつも、ふふっといつもの様に聞こえてくる笑う声に全身でしがみ付く佑に、また聞こえる微笑の息。 「やべ、可愛いー…」 だいしゅきホールドじゃん、なんて体内で増えた面積に圧迫されながらも、多幸感しか無い佑が解放されるのはまだ数時間先の話だ。 今日は紅茶を飲む。 オレンジペコー。 「そう言えばさ、佑は僕の両親のことは言ってくるけど、本当に自分の家族には知らせなくていいわけ?」 団子に髪を纏め、パンをトースターへとセットする常葉はついでに冷蔵庫からジャムとバターを取り出す。 「え、あー…うん、俺の両親は基本何も言わねー人だからさ」 「放置されてんの?」 「いや、本当に関心が無いって言うか」 「虐待?」 「違う違う、そうじゃなくて、普通に育ててくれたけど、その何つーか、自分達と子供は全く別物だから、自分の生きたいようにしなさいスタンスって言うか」 紅茶の葉をポットへ移し、湯を注いだ佑は、うーんと斜め上を見上げた。 「二十歳までは親の責任って言うのがあるから、って言ってたけど、過ぎたらもう貴方の人生だって。元々仕事人間の二人だったから、やりたいようにやりなさい、したいならしなさい、嫌なら辞めなさい、だったし」 そう、子供の頃から特別手を掛けられた記憶も無いが虐げられたかと言われたらそうでは無い。 温かい料理もあったし、綺麗に洗濯された服だってあった。お小遣いだって普通に渡されていたが、決して気持ちを察して先まわりしているなんて無く、過剰な反応、余計な事は言わない両親だった。 それ故に大学を卒業してからは殆ど連絡も無ければ、こちらからする事も無い。 きっと女性と付き合い、それが上手く行き、結婚すると言ったとしても、『分かった』と一言言われただけだろう。 「ま、そんなんだから気にしなくていい」 「へー…そっか、」 ーーーーじゃ、そっちはいいや。 「…何が?」 「いや、佑パンはどっち?」 「え、あ、じゃあいちごジャムで」 りょうーかーい、と聞こえた返事に紅茶もそろそろとカップを用意しようとした佑だが、はっと思い出し、慌ててカップにお湯を注いだ。 (カップ温めんの忘れてた…) しなければならない訳では無いが、これが大事。 喫茶店にバイトをしていた時によく言われていた言葉。 『なんでもひと手間が大事だよ』 カップを事前に温めていれば紅茶はもっと美味しくなる、と。 「カップ温め忘れてたんだ」 「そうそう、悪い。もう準備出来るから」 「いいよ、だって事前の準備が大事だしねぇ」 「そうだな」 ようやっと朝飯だな、と苦笑いする佑に常葉は眼を細めた。 ーーーー周りから、準備していかねーとな。 (面倒だけど、佑と一緒に居る為の準備だし) 誰にも邪魔されぬよう、誰からも信頼されるよう、佑が自分だけしか見ないようにーーーー。 ひと手間って本当大事。 終
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