水の魔法使い

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水の魔法使い

 第6大陸システリア。7つに分けられた大陸の中で最も森林深き土地。  精霊の力が色濃く残り、それゆえ亜人たちが繁栄を極めてきた。精霊の力による理解は亜人たちの方が進んでおり、文明の発達により自身の領地を拡大せんとする人間達にも優位性を保っていた。それも異世界からの勇者達の来訪前の話ではあるが。  亜人たちは平和的な、あるいは閉鎖的な種族たちであり、勇者たちの来訪前は人と接するのを極端に避けていた。彼らにとって人間たちは野蛮でそして劣等な種族であったからだ。しかしそれは勇者たちの来訪により徐々に変化していった。  勇者たちは人間たちにとっても超越者であったが彼らにとっても超越者だった。その規格外ともいえる能力差に考えを改め、人と共に学び進化していく道を模索せざるを得なくなった。  現在では精霊や魔法による理解は既に時代遅れのものとなっていたが、数千年前より続く伝統の建築物、芸術等が評価され環境産業が盛んである。特にかつてエルフたちの都であったレメンピープルの観光者数は世界一と言われていた。  また伝統というブランド力を元に、この地に置かれる魔法学園は絶対のステイタスを築いていた。大陸各国の名だたる貴族たちが集い、今なお魔法都市としての地位を確固たるものとしている。  そんな魔法学園の中でも最も最難関と言われるのがイモート魔法学園。レメンピープル唯一にして最高の魔法学園だった。 「ミズ、雑巾がけやっておいてくれよ! 」 「ミズだけに水仕事はミズの仕事だよな! 」  そう言い残すと数人の男子生徒は逃げるように教室を後にしようとした。  放課後の掃除当番、ミズと共に当番だったはずの男子生徒達だ。 「ちょっと男子ぃ~! いじめぇ? 」 「馬鹿なこと言うなよ。ミズは特別なんだって! 」  同じく登板だった女子達と言い争う。 「大丈夫よ」  それを止めたのは青い目と髪の少女だった。 「ネレイス・・・? 」  ネレイスと呼ばれた少女は、抑揚のない声でミズに言う。 「貴方が何も言わないからややこしくなるじゃない。さっさとやってしまったら? 」  ミズはぼんやりとした目でネレイスを見つめると、やがて雑巾とバケツの方に視線を向ける。 「え・・・!? 」  ミズを庇っていた女子達が驚きの声をあげた。  バケツの水が、水だけがふわふわと宙を浮いたかと思えばそれが地面にぶちまけられ、次の瞬間には地面にぶちまけられたはずの水は再び宙に浮いてバケツの中に戻される。  残ったのは心なしか綺麗になった床と、バケツの中の汚れた水だけだった。 「どういうこと? 」 「ミズは水属性の魔法使い。それも名門の出なんだよ」  男子たちが説明する。 「だから水拭きなんて雑巾使う必要もないってわけ」 「これって、普通にすごくない? 」  女子の1人が目を丸くする。  ミズはそんなに成績は突出していない。別に悪くもないが良くもない。こんなことができるならもっと成績が優れていてもよいと思うのだが? 「そんなすごい人だなんて思わなかった。よく見たら顔も悪くないし、むし可愛いかも」 「ハノメあんた惚れっぽいにもほどがあるわよ・・・」  女子達のミズを見る目も少し変わったようだ。 「こんなの別に難しいことじゃないわよ」  ネレイスはそんな彼女たちの反応に呆れたように言うと、右手の指輪を外した。そうしてミズと同じようにバケツの水を操って見せる。 「そういえばネレイスも水魔法の適性があったんだっけ? 」 「そう、ある程度使えるなら属性魔法もそれなりに便利ね。ただ、属性魔法がの適性が突出していると光属性が使えなくなるけれど」  光属性を使うなら全ての魔法属性が均等に配分していなくてはならない。正確には、光属性を操るための神具を扱うためには、全ての魔法属性が均等に配分していなくてはならないのだがそこは些細な違いだ。問題はそのため水属性に限らず、火でも風でも闇でも、単体属性に突出した者は封印のアイテムで属性魔法を封じ込めるなくてはならないということだった。そしてあまりに適性が強すぎると完全には封じ込めることができず、光属性の魔法を使うことはできなくなってしまうケースもある。属性封じのアイテムは精神に負荷をかけることが多く、自身の身体との相談となるのだ。 「でもミズは光属性もちゃんと使えてるし問題ないってことでしょ? しかも水魔法ではすごい魔法使いってことなんでしょ? 」 「まぁ30年くらい前ならね」  ネレイスが水を見る目が熱っぽくなっていきつつある同級生にくぎを刺す。 「光属性にできなくて他属性にできることなんて何もないもの」  ネレイスは再び指輪をはめると、神具の杖を構えた。  かつて伝説の武具とされた神具も異世界からの勇者たちによりその製法が明かされ、量産化され、珍しい物ではなくなった。この神具も学園の生徒ならだれでも持っているものだった。 「光よ! 」  浄化の光が当たりを照らし、教室内は何時間も入念に磨き上げられたように光り輝いていく。 「これで掃除は終わり」 「さすがネレイス! 」  女子達が歓声を上げるが少し派手にやりすぎたらしい。 「こら! 掃除に光魔法を使うな! 光魔法は神聖な呪文だと何度言ったら分かるんだ! 」  掃除に光魔法を使ったことに気付いた教師が顔を真っ赤にして近づいてくる。 「やばっ」 「時代遅れの糞教師! 」  生徒たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。  かつて光魔法は自由に使えるのは神か、天使のみとされていた。自由に扱える人間は数百年に一人と言われていた。しかし、異世界からやってきた勇者達が全属性を操り、それが光属性を操るための鍵だと分かると、光属性の謎が一気に解明され普及した。  教師達はまだ、光属性の魔法が神聖な属性だったころのことを知る者が多い。だからいろいろと制約をつけたがるが、現代の子供達にとってはただの魔法の1属性に過ぎない。むしろ魔法と言ったら光魔法のことだけをさすほど馴染み深い物だった。そんな制約は馬鹿らしいことでしかなかった。 「あんたも速く逃げなさいよ」  ネレイスもミズにそういうが 「その必要はねぇな。水魔法は元々神聖な清めの魔法。掃除に使うのは正しい使い方だと言える」  反論したのはミズではなく、ミズの右肩にふわふわと浮いている水の球体だった。バケツの中の水は全てバケツの中に戻されたはずだが、それとは別にミズに憑いているようだった。 「母体よ。学園生活を楽しんでいるみたいでいいご身分だな。だが、自分の使命は忘れるなよ」 「・・・」  ネレイスは顔をこわばらせると他の生徒と同様その場から立ち去った。  後に残ったミズだけが取り残された。
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