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【最終楽章】
そこまで話したイレンが、続けてこう言った──みたいな感じでいきなり長話を淡々と五人分、三人称視点で語られたら、少なくとも俺は怖い。途中でも言ったけれど、聞き入られると話甲斐があるもんだね」
顔を俯かせて、イレンが腕を壁に叩きつける。少しの間を置いた後、顔を上げる。焦点が定まらない瞳孔で、喋り始めた。
「……おいおい、誰か意見の復活を頼むよ。他の人の話も聞きたいんだ」
唐突に落ちたその声は、全員を震撼させるのに充分すぎる温度を伴っていた。
生暖かい風が生ぬるい風へ、さざやかな波の音が地響きのような轟音へ、潮の匂いが焦げたゴムのような臭いへ変わる。それぞれの口の中で、胃液にも似た味を優しく広げる。
視覚が触覚が聴覚が嗅覚が味覚が、イレンの言葉に執念し始める。
「放せ話せよ放せ話せと言っている破約早く聞かせろ効かせろと言っているだろう聞こえないのか人間いまさら怖気づくなっ‼」
まだ水蒸気を吸う前の口が、まだキャラメルを頬張る前の口が、まだラムネを食べる前の口が、まだガムを噛む前の口が、一斉に動く。
「イレン、お前どうやって……」ボヒズが拳を握りながら顔を強張らせ、「イレン、どうしてわかったの……」ラヴラが震えた体を両腕で抑えながら動揺し、「イレン、何者なんだ君は……」コオルが声を振り絞るように喉の底から唸り、「イレン、種明かしを求める……」ツユキが後ずさりながら怖気づき、「え……は? 俺もしかして、立ったまま寝てた?」意識が復活したイレンは、気の抜けた声で皆に問う。
全員の中で一呼吸ほどの間が開いた後、それぞれの五感は元の感覚を取り戻していった。
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