摩天楼の話

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摩天楼の話

 Bさんから聞いた、香港の話。    とあるマンションの一室では、前の住人である単身赴任の日本人が飛び降り自殺を遂げていた。  よりによって、その人の娘が日本から訪ねてきた時に飛び降りたのだ。  親子仲が悪い訳ではなかった。  嬉しいであろう日に自ら命を絶つという、不可解な事件であった。    Bさんは、そのマンションの高層階に今も住む人から当時のことを聞く機会があった。  飛び降りがあった時、その人は騒ぎに気付いて地上を見下ろした。  地上でも死体を目撃した人々が立ち止まっていて、その中に数人の「アマさん」が居た。  アマさんとは、主にフィリピンなどの外国から香港に来たお手伝いさんのことだ。    アマさんに紛れて、野次馬の一人がじろりと怖い顔でこちらを睨んだ。  ただ単に上を見上げただけにしては、あまりにばっちりと目が合った。    生者を睨んだのは、飛び降りた日本人の霊か、或いは以前に転落死したアマさんの霊か……。    香港は高層ビルが立ち並ぶため、自殺といえば飛び降りが多いが、アマさんが転落死することも多いという。  雇い主から窓の外側を掃除しろと命じられれば、従わざるを得ない。  柵が丈夫ではないせいもあって、足を滑らせるとそのまま落ちていき、地に叩き付けられてしまうのだ。    そういった怨念が残っている土地や建物は珍しくないので、香港では家探しの時、大人よりも霊が見えやすい子どもを連れて行くという。    きらびやかな街並みに隠された影を知ってしまったような気がした。
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