大風呂の幽霊

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大風呂の幽霊

 Aさんのいとこにあたる男性が社会人になった時の話。 「ここの大風呂、一人で入ると霊が出るらしいぞ」  早々に、職場にまつわる噂を聞かされた。  そのせいで大風呂を使う時は、大の大人が連れ立って決して一人にならないようにしているのだという。  霊感があり、多少の不思議な現象なら慣れてしまって気にしないというその男性は平然と一人で大風呂に足を踏み入れた。  目を閉じて髪を洗っていると、なんとなく気配を感じた。  どこからどんな奴がこちらを窺っているのかなど、細かなことまでは分からない。  シャワーを手に取ってシャンプーを洗い流し、瞼を開く。  視界に映るのはずらりと並んだ鏡とシャワー、シャンプーの類。  鏡の中から這い出して来るとか、水滴が落ちて来たので見上げると天井に張り付いていたとか——そういう姑息なことはせず、そいつはあたかも普通の利用者のように、隣に立っていた。  人型をしてはいるが、ぼんやりと捉えどころが無く明らかに実体を持たない存在。  いつものことだ、無視してもう一度髪をすすいでおこうとシャワーを持つ手を上げた時、隣の霊の体が僅かにこちらに傾いだ。  シャワーヘッドを握る右手が二つある。自分の手と、霊の手。  何がしたいのか分からない。シンプルに怖い。  驚いてシャワーを投げると、慌てて大風呂を出て行った。
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