推して、愛して。

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 次の日はちゃんと面会時間内に会いに行った。十二階までもエレベーターで上がると一瞬で到着した。昨夜はあんなに苦労したのに。15時過ぎ、平日といえども病院は人でいっぱいだった。病室について中を覗くと、空の姿が見えて思わず壁に身を隠す。 「あ、愛生ちゃん!なんで隠れてんの」  ちぇ、見つかってたか。渋々顔を出すと、空は焦ったように置いていた荷物を手に取った。 「っと、俺は帰るわー。またな美桜!あー、…愛生ちゃんも」 「ちょっと空!」  空は美桜の制止も聞かず、足早に病室を後にした。私にビビってるみたいな様子がちょっと面白くて笑ってしまう。 「謝るって言ったくせに…ごめんね愛生ちゃん、絶対謝らせるから」 「いーよ別に、ウケるし」  今日も美桜の容体は特別変わってはいなそうだった。来ていなかった時のライブの時の話や、おととの話、ともきと出会った時の話もした。美桜は軽蔑することなく、愛生ちゃんの周りに今いる人たちのことを信じていいんだよ、と言ってくれた。気づくと17時になり、日が暮れていた。面会は18時までになっている。 「もうこんな時間かあ、早いね」 「だね。そろそろ行くね、明日もくるから」 「うん。ありがと」 「なんか欲しいのある?買ってくるよ」 「じゃあクロワッサンとメロンパン!病院食味薄すぎんの。でも持ち込み怒られるから内緒でね。あとー、ノートも!書き足したいことあるから」 「わかったわかった。じゃあね」  美桜に手を振って病室を後にする。クロワッサンとメロンパンか、せっかくなら美味しいパン屋さんのにしよう。少し余分に買って、もしまた空がいたら一緒にどうって誘ってみようか。面白い反応が見れそうだ。インスタでパン屋を検索しながら三階へとエレベーターで降りる。三階は血液内科のフロアがある。父はその担当だ。カウンターで看護師に声をかける。 「すみません」 「はい、どうなさいましたか?」 「血液内科の、…逢坂先生はいらっしゃいますか」 「診療でしょうか?それとも、逢坂先生ご担当の患者さんのご家族ですか?」  看護師の問いかけに横に首を振る。 「いえ。逢坂の娘です、愛生といいます。父に会いたいのですが」  驚いたような顔でこちらを見つめる。まあ無理もない。そこそこ権威のある医者の娘が、こんな奇抜な見た目をしているとは思わないだろう。 「少々お待ちください」  看護師は内線を使って父に連絡をしてくれた。電話越しの会話までは聞こえなかった。 「お待たせしました。西館四階の逢坂研究室まで、とのことです」 「わかりました。ありがとうございます」  軽く会釈をして言われた場所に向かう。きっとあの看護師からどんどん噂されるんだろうな。逢坂先生の娘は不良だとか。可哀想なパパ。知ったことじゃねーけど。隣にある西館に移動して四階の奥の方、逢坂研究室と書かれた部屋の前で立ち止まる。ここに前来たのは小学生か中学生か。父に会うことも三年ぶりくらいだ。正直怖い。何を言われるのか、どう思われるのか。恐怖で逃げ出したい。でも逃げない。ちゃんと向き合うんだ。これはきっと神様と美桜がくれたチャンスだから。大きく深呼吸をして扉を二回ノックする。中から、どうぞ、という声がしてドアを開ける。 「…久しぶりだな」 「…どうも」  父はガラッと変わった私の見た目に驚いたのか、少し間を開けてから口を開いた。父の方は無愛想で悪い目つきは変わっていない。銀縁の眼鏡がより一層怖さを強調している。 「それで、何の用だ。勝手に家を出てずっと連絡もなしに、久々に訪ねてきたと思ったらそんな身なりで…お前って奴は」  はぁ、と深いため息をつかれる。この部屋は酸素が薄いみたいに息苦しい。 「説教されに来たんじゃない、血液内科の患者について聞きたいことがある」 「患者については話せない、しかもお前なんかに。帰りなさい」 「教えて、お願い」 「無理だ。帰れ」 「お願いします」  父の威圧に思わず後退りそうになったが、ぐっと堪えてその場で頭を下げた。引き下がれない、負けられない。 「…私は忙しいんだ」  体を押されて部屋を追い出される。ガチャンと閉められた扉の前で立ち尽くした。こんなんで諦めるか。今まで散々されてきた否定や拒絶と比べたらこんなの全然生ぬるい。正直、もっと怒鳴られたり話も聞かず追い出されるものだと思っていた。お嬢様から雑草になった魂舐めんなよ、根負けさせてやる。美桜のために、絶対。
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