推して、愛して。

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 この日から美桜は驚異の回復を見せた。一週間後にはICUを出て、普通病棟へと移った。外部との接触はなるべく避けるためにも個人病室だったが、末期ガンの患者があの状態に陥ってからここまで回復するのは珍しい、と父も言っていた。そして美桜の誕生日まであと一週間となったとき、美桜が退院することが決まった。最期の前に家に帰りたい、という美桜の希望らしい。退院の日は、私と空とともきが病院から見送った。 「美桜ちゃん、退院おめでと」 「おめでと、美桜」 「おめでとうございます、美桜さん」 「みんなありがとう」  いつの間にか美桜は歩くのもままならないくらい痩せ細っていた。十分に歩けないと判断したのか、車椅子での退院だった。 「あ、そうだ。ちょっと早いけどこれ、誕プレな」 「僕からも、どうぞ」 「えー、空もともきくんもありがとう。帰ったらみるね」  空とともきがラッピングされた袋を渡すと、美桜は受け取って嬉しそうに笑った。あれー、と三人にジロジロ見られ焦って口を開く。 「ないわけじゃねーもん!愛生からは来週!」 「あはは、わかってるよ」  美桜は家族の誘導で車に乗り込む。三人で手を振って見送った。車が去ったあと、沈黙が続いた。 「…美桜、大丈夫だよな」  破ったのは空だった。空の声は震えているようにも聞こえた。 「美桜ちゃんは大丈夫」 「美桜さんなら大丈夫です」  下を向かないように大丈夫だと声に出した。誰も美桜がいなくなることを考えようとはしなかった。
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