推して、愛して。

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 美桜に会えたのは三日後だった。美桜の家を訪ねて、ベッドに横になっている美桜とお菓子を食べながら他愛もない話をしただけだった。それでも十分幸せだった。美桜が笑っていて、ここにいる。これ以上の幸せはきっとない。他には何も望まないから、どうか、どうか一日でも長く。  美桜の誕生日の一日前、美桜が今日は気分が良いから外に出たいと言った。美桜の家族は止めたが、どうしてもと言うので、夜の人の少ない場所ならと許してくれたらしい。美桜から連絡があり、世界中のチョコをつめたバッグを持って家を出て23時に美桜の家まで迎えに行った。 「お待たせ、美桜ちゃん」  美桜の言う通り、いつもより少し顔色が良く調子が良さそうだった。美桜の母親は、冷えないようにとブランケットを彼女の脚にかけた。 「ごめんなさいね、美桜がわがまま言って。よろしくね、愛生ちゃん」 「はい」  美桜の母親が心配そうに私たちを見送る。車椅子を押して近くの公園へと向かった。 「どこ行くの?」 「すぐそこ」  出かけたいと言った美桜はノープランだったらしい。ただ私と一緒に散歩がしたいと。だから少し考えて、誕生日を一緒に迎えることにした。美桜の家から徒歩12分くらいの所にある、小さな地域の公園。この前通りがかった時、桜が咲き始めていた。これからも一緒に桜を見る、沖縄で言葉にできなかったそれを叶えることができる。公園に入ると、古い電灯が薄暗く辺りを照らしていた。 「わ、桜だ」  美桜は上を見上げて私の方に振り返り、ニコッと笑った。私もつられて笑顔を浮かべる。 「また一緒に見れた」  車椅子を押す後ろからじゃ、美桜の表情は見えなかった。しばらく歩いて、近くにあったベンチに座る。美桜の誕生日まで、あと10分。 「二十歳、いろんなことがあったなあ」  美桜が私の手を取り握った。私もそれに応えて彼女の話を聞いた。 「この一年めちゃくちゃ濃かったよ、ほんと。特に愛生ちゃんと出会ったことがね。一年でっていうか、人生で一番かも。楽しかったなあ、いろんな場所に行って、いろんなことをして。やりたいことにたくさん付き合ってもらっちゃった。最初はね、本当に死ぬまでにやりたいことを愛生ちゃんとできたらいいなあって思ってたんだけど、だんだん、愛生ちゃんと一緒に生きることがあたしのやりたいことになってた。やりたいことリストは、愛生ちゃんといるための口実的な?あたしってずるい?」  首を横に振ると、よかったあ、と話を続けた。 「これからもずっと、愛生ちゃんと一緒にいろんなことをして、いろんな場所に行って、いろんな景色が見たかったなあ。あ、あきみおノートはあたしの部屋にあるからね、引き取ってね。それと…」 「美桜ちゃん」  美桜が終わりに向かって話しているような気がして、それを遮った。これ以上聞きたくなかった。私は美桜のいない未来なんて考えられないのに。その時、ちょうど0時を迎える鐘が鳴った。 「お誕生日おめでとう、美桜ちゃん。はいこれ、約束のプレゼント」  美桜の膝にチョコの入ったバッグを置くと、重っ、と言って中を開けた。大量のチョコに驚いたのか、大きく笑った。 「本当に世界中の集めたの?」 「本気で。ネットで調べまくって取り寄せた、これとかマジ高いんだよ、一粒八百円」 「あはは、マジか。さすが愛生ちゃんだな〜」 そんな話をしながら二人でチョコを食べていると、美桜が私の顔を見て名前を呼んだ。 「ねえ愛生ちゃん、もう一つプレゼントちょうだい」 「なにー?もう何も持ってねーけど」 「アイドル、見せて」  想像していなかったお願いに少し戸惑った。でも、美桜の願いなら。 「いーよ」  車椅子を少し後ろに下げて、ちょうど電灯の下に立つとスポットライトのように光が私を照らす。 「こんばんはあ、はぴあぷです!て言っても今日はさくらのソロだけど…世界一可愛いお姫さまのために、忘れられない日にしてあげる!」  スマホではぴあぷの音楽を流して、それに合わせて歌って踊った。美桜は手拍子をしながら、さくらちゃんー! と掛け声を送る。指差しやハートのレスをすると、きゃーっと喜んでくれる。スポットライトの下で、風が吹くと桜の花びらが私の上を舞う。間違いなくここは今、ステージの上だった。 「今夜最後の曲でした〜あっという間だったね!お姫さまはどうだったかなあ、楽しめた?」  マイクを向けるそぶりをすると、美桜は満面の笑みを見せた。 「うん、さくらちゃん最高!」  美桜の表情に目が潤んだ。でも泣かないよ、今はアイドルのさくらだから。どんな時も優しくて、可愛くて、笑顔のさくら。少しは美桜みたいになれてるかな。 「よかった、特別な夜になったね。最後に、さくらからの、誕生日プレゼント。みんなには内緒ね」  車椅子の前に屈んで、美桜に口付けた。涙でしょっぱかった最初のキスより、チョコの甘い味がした。
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