推して、愛して。

36/37
前へ
/37ページ
次へ
 美桜の家のチャイムを鳴らすと、母親の声がした。名乗ると、ちょっと待っててと言い、扉を開けてくれた。 「いらっしゃい、来てくれてありがとう」  会釈をして玄関を上がると、リビングに美桜の遺影と遺骨が飾られていた。仏壇には、私とお揃いの髪留めも飾ってくれていた。線香をあげて、美桜の遺影を見る。その中の美桜は見慣れた笑顔だった。 「あの、お母さん。美桜の部屋を見てもいいですか」 「もちろん」  二階にある美桜の部屋に案内され、ごゆっくり、と美桜の母親は扉を閉めた。仏壇を見ても、正直美桜が死んだという実感が湧かなかった。それが美桜がいなくなったという証明にするには、私にとってちっぽけすぎたから。もっと怖くなって逃げ出したり、悲しくなって泣いたりするのかと思っていたけど、案外冷静な自分がいた。いや、それ以前に何も感じていないのかもしれない。美桜の部屋を見て回る。ベッドはまだ美桜の匂いがした。机の上に目をやると、見慣れたノートが目に入った。そういえば、あきみおノートを引き取れって言ってたっけ。手にとって、パラパラとめくる。これもした、あれも、懐かしい。どの思い出とも一緒にあるのは美桜の笑顔だった。一通りめくり終わって閉じようとした時、最後の方に見覚えのないページがあるのに気づいてそこを開いた。そこには、愛生ちゃんへ、と書かれたページがあった。 『愛生ちゃんへ  これを見てるってことは多分、あたしはもう死んじゃったのかな。愛生ちゃんなら絶対きてくれるって思ってた。見つけてくれてありがとう。 愛生ちゃんと再会してからの毎日は、あたしにとって人生最大の宝物になった。本当に幸せだったよ、愛生ちゃんのおかげ。死ぬ前に愛生ちゃんに会えたのは、神様がくれたご褒美かな。それで、愛生ちゃんを生かすことがあたしの最後の使命だったのかも。 一緒に死ぬって約束、叶えられなくてごめんね。あんな約束したけどさ、本当は愛生ちゃんに生きてほしい。そして、さくらを続けて。愛生ちゃんがさくらでいてくれる限り、あたしも一緒に生きてるような気がするんだ。ステージの上で輝いてるさくらはすごく素敵だった。本当に魅了されて、今じゃすっかりファンだよ。そんな愛生ちゃんが、さくらはあたしに憧れてくれたって知って、すごく嬉しかった。さくらは、あたしになりたくて作ったキャラクターなのかもしれない。でも、もうちゃんと愛生ちゃん自身だよ。あたしに憧れて作られたキャラクターなだけじゃない。アイドルとしてたくさん頑張ってきて、いろんな人に支えられて、愛されてる、愛生ちゃん自身。それは愛生ちゃんの才能や魅力だと思う。あたしなんかより何倍もすごい。そんなさくらの中で、あたしも生き続けたい。自分勝手だけど、あたしがいた証拠として。愛生ちゃんと一緒に。ステージからいろんな景色を見せて。いろんな場所に行かせて。そうやってずっと、愛生ちゃんと一緒に生きたい。そして愛生ちゃんのやりたいことが見つかったら、あたしも一緒にそれを叶えさせて。どんな時でも、ずっと愛生ちゃんのこと見てるからね。 大好きだよ、愛生ちゃん。誰よりも、愛しています。                       2019年3月26日   美桜より』  読み終えると力が抜けたようにその場に座り込んだ。そのもう一枚裏のページには、沖縄で桜の前で撮った二人の写真が挟まれていた。ノートを閉じて、抱きしめるようにそれを抱えて泣いた。 「わああああん…!みおちゃん、みおちゃん…っ!」  張り詰めていた糸が切れたように涙が溢れ出す。さっきまで、今日このまま帰りに死のうと思っていた。来てみたけど、やっぱりここに美桜はいなかった。なら美桜に会うにはそれが一番近い方法だと思ったから。美桜のいない世界で生きている意味なんてないと思っていたから。でも、美桜は私が生きることを望んでいる。そして、美桜は私の中に生きている。どこにもいないと思ってたけど、ずっといてくれてたんだね。こんなに近くに。 「愛生ちゃん、笑って」  美桜の声が聞こえた気がしてはっと振り返る。もちろん彼女の姿はなかった。今の声は私の心の中から聞こえたのかもしれない。 部屋を出てもう一度仏壇の前に戻り、とびきりのアイドルスマイルを美桜に向けた。 「ありがとう、だいすき。ずーっと一緒だよ。美桜ちゃん、愛してる」
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!

45人が本棚に入れています
本棚に追加