推して、愛して。

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 それから数日後、私はライブの準備をしていた。久々のライブに少し緊張する。 「さーくら、顔怖いぞ」 「おと」  おとは私の背中をポンポンと叩いた。 「大丈夫、みんな持ってる」 「うん、ありがと」 「えー、ありがとなんて珍し。礼ならホストでよろ〜」 「失礼だな、行かねーよ」  おとらしいな、と思わず笑ってしまう。おとには散々支えられてきたな。きっとおとにだけじゃない。今まで周りのことなんか全く考えていなかったけど、改めて自分のいる環境について考えた。私は今、どうやって生きているのか。美桜がいたから生きてこられたけど、これからどうやって生きてくのか。今の私は美桜だけに生かされているんじゃないと思ったから。美桜と出会う前の私は自分の不幸を棚にあげて僻んだり妬んだりしてばっかりだった。愛されることを望んでばかりで、愛することを知らなかった。でも美桜と出会って、人を想う心、人を愛することの尊さを知った。私にも、そう思える心があることも。私は大切なことを見ないフリしてただけで、実はいろんな人に支えられていた。休んでいたとき、心配や迷惑をかけてしまっていたことにも今更気づいた。こんな私なんかのことを心配して、気にかけてくれた人がいるんだと思うと、涙が出そうになった。  ファンのためと思って更新を頑張っていたSNSは、またしばらく開いていなかった。ライブを休むことについては大野さんや運営が気を使ってくれて諸事情で通していた。Twitterを久々に見ると、ファンの人たちからのリプライがたくさん届いていた。 ───「さくらちゃん大丈夫?」 ───「また体調悪いのかな、早く会いたい!」 ───「早く元気な姿見せてね!」  ずっと私には何もないと思っていた。でも違った。さくらを待っててくれている人がいる、さくらを求めてくれている人がいる。それなら私が頑張らなくちゃいけない。今まで“さくら”と“私”は別人だと思ってた。だって本当の自分じゃないし、さくらっていうキャラクターを演じているだけだから。私が作り上げた、理想の私。“私”は、可愛くて優しくてみんなから愛される、“さくら”になりたかった。でももう“さくら”は理想じゃない、“私”自身になったんだ。美桜が、みんなが、それに気づかせくれた。さくらを推して、私を愛してくれていたんだね。そんな人たちを、私も大切に思う。命をかけて、愛するよ。 「美桜ちゃん。やりたいこと、見つかったよ。一緒に叶えてくれる?」  耳に飾っているピアスを触ると、少し暖かいような気がした。  ステージに出てファンの前に立つ。私は今、ここ(ステージ)にいる。キラキラ光るペンライトは眩しいくらいに綺麗だ。この景色をもっと、ずっと見たい。この景色を見せてくれる貴方を幸せにしたい。私は、アイドルとして生きていく。マイクを持って前を向き、全力の笑顔を見せた。 「こんばんは〜はぴあぷです!世界一最高の夜にしようね!」
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