推して、愛して。

8/37
44人が本棚に入れています
本棚に追加
/37ページ
 それから数日間、バイト先にもアイドルの現場にも美桜は欠かさず姿を見せた。ラインも一方的にはメッセージが来ていたが、こちらからは何も返信はしていない。指名されたとき以外の接触も避けていた。それにも関わらず、臆することなく私に会いに来る彼女に、だんだん苛立ちや鬱陶しさより興味を抱いている自分もいた。 ───「愛生ちゃん、今日はメイドのお仕事なんだね。会いに行くよ〜頑張って!」 ───「愛生ちゃん見て!今日のチェキ盛れてて可愛い〜」 ───「友達に愛生ちゃんとのチェキ見せちゃった!」  全部既読をつけて無視しているけど、正直悪い気はしていなかった。どれも私を褒めるような内容ばかり。愛されたがりの私にとって、それは甘い蜜だった。でもやっぱり、美桜の存在は気に食わない。あの日から急に私に近づいてくる意味もわからないし、そもそも昔から美桜のことは苦手だった。前と変わっていないキラキラしている、人生が充実していて幸せそうな感じが、無性に腹立たしい。  そもそも美桜と私では、住む世界が違っていた。彼女は大勢の友達に囲まれ、私はだいたい一人。人気者と影の者。文武両道で明るくて優しくて美人、そんな彼女は女子校だった私の学校では、まさに高嶺の花だった。私はといえば今よりもっと暗くて、クラスや学校の中に馴染めるタイプではなかった。同じクラスになったのは高校二年生の時だった。その一年間の間ですらまともに話したことはなかった。でも一度だけ、二人で話したことがある。  放課後、家に帰りたくなくてみんなが帰った後に自習をしている時だった。彼女はおもむろに現れ、私の前の席に座って後ろを向いた。 「愛生ちゃんっていつも勉強してるよね。なんの勉強?」  私が読んでいた本を取り上げて、パラパラとめくる。 「へー、医学系?すごいね、そっちに進みたいんだ。親が医者とか?」 「父親が…、いいから返して」  そう言うとごめんごめんと本を机に置いた。 「そういえば愛生ちゃんってさ、なんでいつもマスクしてるの?」 「それは、…自分の顔が嫌いで…」  自覚していることでも声にすると心臓がぎゅっとなった。自分の顔が醜いと余計に感じて深く顔を地面に向けた。 「メガネも、外してコンタクトとかは?」 「この方が、顔が隠れるから」 「でもあたし、本当は愛生ちゃんが可愛いの知ってるよ」  彼女は机を乗り出して私の顔を両手で前を向かせてから、私の長い前髪を分けてメガネとマスクを外した。 「ちょ、なにすんの、やめてよ。返して」 「ほら、可愛い」  取られたものを取り返そうとして伸ばした手を掴んで、私の目を見つめながら微笑んだ。その表情が儚くて思わず手が止まった。彼女はマスクとメガネを机において、片手で私の頬を撫でながら言った。 「愛生ちゃんが可愛いの知ってるの、あたしだけだね」  そしてそのまま立ち上がり、バイバイと教室を後にした。私は急に心が打たれたような感覚にしばらく動けずに、そこに座ってたっけ。クラス替えをして間もない春、桜が散り始めた頃だった。  それっきり二人で話すことはなかった。だからなんで今更、彼女が私を相手にしているのか全くわからなかった。「一緒に死のう」。彼女の言葉がずっと離れない。どうしてそんなことを言ったのか、どうして私なのか、聞きたいことはたくさんある。もし、もう少し、私に会いに来てくれることが続くなら、近づいてみてもいいかな。あの時は手が届かなかったけど、今ならもう少し目を見て、話ができるだろうか。
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!