【1】エマ

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【1】エマ

 その日私、相田絵麻(エマ)は、いつもと違う裏路地を歩いてみた、仕事の帰り道。  見た事もないBAR。こんな店あったっけ?  少し古めかしく静かな佇まい。  看板にはBAR (バー) Special (スペシャル) Fortune(フォーチュン)の文字。 『スペシャルフォーチュン???』  占いバーか?  ちょっと怪しい?と覗いて見てると。 え!?  スコールのように、急な雨が降って来た。  私は、はぁーと、深いため息をついた。  ついてないわ・・・。  店内から、バーテンダーの若い男性が立て看板を下げに来て、私と目が合い、 「どうぞ、よろしければ」  と、微笑んで言った。 「あ・・・ええ・・・」  結局私は成り行きでその店で雨宿りする事になった。  彼のネームプレートには、中村と書いてあった。  バーカウンターとテーブル席が少しの、小さな店だった。  ドアを開けると、先客が一人。  白ニットを着た、フワフワの茶色いロングヘアーの若い女の子だ。  こちらを見て、話しかける?何か言いたげ?と思ったら、  フッとホログラムのように消えた・・・! 「えええ!?」  と、私は気づいたら声に出して驚いていた。 「失礼・・・彼女が、見えましたか?」  当たり前のように彼は言ったが、状況が理解出来ない。 「彼女は、マナさんと言います。  ずっとこちらにいらっしゃるようで・・・。  どうやら、お客様は、ご縁があったようですね・・・」  言って、何やら意味ありげに微笑んだ。  私はバーカウンターに座って、甘めのカクテル『オレンジ・ブロッサム』を頼んだ。  グラスにはフレッシュオレンジとミントの葉が飾られている。 「美味しい・・・」  最後にフワリとジンの香り。 『中村』さんが言った。 「こちらに導かれて、そしてマナさんが見える、ご縁のあるお客様には特別なサービスがございますがいかがでしょうか?」   だからマナさんて一体・・・って思ったけど、声に出さずに何かのトリックかホログラムか・・・気のせいだと思おうとした。  私は看板を思い出して、 「やっぱり、占いか何かですか?」  と聞いた。 「まあ、そんなところでしょうかね・・・」  気づくと私の後ろにプロジェクタースクリーンのような物が用意されていた。  ん?あったっけ? 「これから、このスクリーンにお客様の『鍵』となる映像が映し出されます。  ここにいらっしゃる特別なご縁のあるお客様と私達だけに見えるビジョンです。  お客様にとって、どうか幸せの『鍵』でありますよう・・・」  言って彼が一礼した。  ポカンとしながらそのスクリーンを見てると、どこからか謎のノイズ入りの映像が映し出されて来た。  プロジェクター本体はどこにも無い。  そして、言葉では無い強烈なメッセージ。 『私の大切な人は、みんな遠くに行ってしまう・・・不幸にしてしまう・・・』  え!?え!!!?  酔っているのか?  いや、ほとんど一口程度しか飲んで無いし・・・。  次に、昔懐かしい、兄のビジョンが映し出された。  幼かった私には都会的で、全てがカッコ良く見えて。  ギターを弾いてバンドも始めて。  兄の影響で私も色んな音楽に興味を持ち始めた。憧れの存在だった。  でも、病気が原因で若くして急死してしまった。  泣いて、泣いて、何年も経った今でもその突然の別れが受け入れられない。  28歳だった。  次に、好きになったミュージシャンも、若くして亡くなってしまった。    少し兄に似てる気がしたのか、投影していたのかもしれない。  ずっと長く生きていて欲しかったし、その先の人生も見せて欲しかったんだ、兄に出来なかった事を。  その後は、祖母が亡くなってしまった。  私の両親は共働きで、幼い頃はよく兄と祖母と一緒にいた、おばあちゃん子だった。  高齢ではあったけど、やっぱり悲しくて仕方なかった。  私は、疫病神なんだろうか・・・と思った。  付き合ってる彼にも、もしかすると不幸が起こるのかもしれない。  そして、何より自分の人生の先が見えなかった。  ずっと憧れで目標のようにしていた兄が亡くなったのが28歳。  私はあと2年で28になる。  その後、私は生きているのだろうか・・・?  将来が真っ暗で見えない・・・。  スクリーンの映像が真っ暗になった。  もう何も見えずに、映らなかった。   ああ、鍵なんか無かった・・・。  そう思った時。  スクリーンでは無くて、  頭上の方からキラキラとした光の粒子が落ちて来て、やがて私を包み込んだ。  そして、上の方から何か温かい波動が伝わって来る気がした。 『大丈夫だよ、  ぜんぶ、エマのせいじゃないから。  エマは俺よりずっと長く生きて、  皆を幸せに出来る子だから。  安心して、  幸せになって・・・』  それは、懐かしい、  兄の声だった。  いや、声というより、  テレパシーに近いような、直接響く声。  私は、その場に泣き崩れた。  キラキラとした光の粒子は、  しばらく私を包み込むと、  やがてフワリと綿毛のように散って行った。  中村さんがハンカチを差し出してくれて、私は頷いて受け取った。 「ありがとうございます。  今のは、何かのトリックですか?」 「申し遅れました。  私は、唯一の『スペシャル・フォーチュン・カウンセラー』の中村陽翔(ハルト)と申します。  ここの場所に導かれ、マナさんが迎えてくれた方は、このビジョンが必要で、幸せの『鍵』になるお客様ばかりです」  その時、私の価値観はひっくり返った。  その体験は、嘘だとかトリックだとかでは到底説明がつかない気がした。 「マナさんも、お手伝いありがとうございました」  中村さんが言うと、ホログラムのようなマナさんが現れて微笑み、フッとまた消えた。  ・・・気がした・・・!  価値観がひっくり返ったけど、  私もひっくり返りそうだった。 「ありがとうございました」  言って中村さんがお店のドアを開け、空を見上げた。 「雨は、上がりましたね」 「ありがとうございました」  私は、何とも言えない気持ちになって深々と頭を下げた。 「ご縁があったら、またいらして下さい」  言って中村さんは一礼した。  私は、 「はい」  と言い店を後にした。  それから、仕事帰りにあの裏路地を通ってみたけれど、どうしてもBAR Special Fortuneには辿り着けなかった。 『ご縁があったら、またいらして下さい』  その言葉を思い出して。  今日もまた、導かれるようにあの店に入って行くお客さんが、もしかするとるいるのかもしれないな・・・なんて思っていた。  この6月、私は結婚する。  そう。  これからも、  28歳も、  ずっと、  その先を  生きようと思う。 ーto be continuedー
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