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【2】整形願望の女
私、北原恵理は、仕事帰りに雑用を頼まれ、来た事の無い裏路地に迷い込んでいた。
あれ、ここどこ・・・?
通りかかった店からピアノジャズが聞こえて来て、なぜだか懐かしい気持ちになって立ち止まった。
少し古めかしい様相に『BAR Special Fortune』と書かれた看板。
変わった名前だなー・・・と思いつつも、歩き疲れていたせいもあってか、気まぐれにその店に入ってみようと思った。
少し重たいドアを開けると、
「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」
と、バーテンダーの男性が微笑んだ。
ネームプレートには『中村』の文字。
奥のテーブル席には、フワフワの長い髪の若い女性の先客・・・と思ったが、気づかないふりをした。
彼女は多分、人では無い。
私はごく稀に見えてしまうだけで、祓うとかそういう事は全く出来ないので、巻き込まれたら厄介だ。
回れ右して帰ろうかと考えていると、何やら彼女と『中村』という彼がアイコンタクトをしてた。
もしかして、住人?
・・・というか、彼も完全に見えてたか・・・。
バーカウンター前、私がマジマジと見ていると、彼が、
「大丈夫です。
彼女、マナさんもお客様を歓迎しているようですよ、どうぞ・・・」
と、言うので、なぜか私はバーカウンターに座ってしまった。
店の名前を思い出して、もしかしてスピリチュアル系のなんちゃらなのか?と思ってみたり。
どうして座ってしまったのか?興味本位だったのか何なのか・・・。
ドリンクメニューを見ながら、私は、そんなにBARには来ないし、珍しいものを注文してみようか?と思っていると。
「リクエストがございましたら、出来るだけご要望にお応えします・・・」
と、『中村』さんが言うので。
「じゃあ、『レインボー』虹色のカクテルをお願いします」
と、以前ネットで見た超難易度の高いと言うカクテルを思い出してオーダーしてしまったので、断られるかと思いきや
「かしこまりました。」
と、あっさり応えてくれた。
そして、思い出した。
確かストレートのリキュールを重ねたり、糖分の差で層を作っているので、飲むとキツいらしいって。ちょっと後悔・・・。
「お待たせしました。
『レインボー』を、お客様のイメージで、少しアレンジを加えました」
カウンターには、以前検索した画像みたいにハッキリした色では無く、淡くて優しいグラデーションで虹色のカクテル。
そして、完璧に虹の七色と順番も一緒だった。
私は思わず、
「有り得ない・・・綺麗・・・」
と、飲むのがもったいなくなり、
思わずスマホで一枚撮影した。
そう思いつつも、しばらく眺めてから、ストローで下の層から順番にゆっくり飲んでみると。
優しくてフルーティーで、アルコール度数控え目という・・・
「え?うそ・・・美味しい・・・」
と私が言うと、
「ありがとうございます」
と、彼は微笑んだ。
この人、本当に何者だろう!?
もしかして、超一流バーテンダーなのでは?なんて考えてると。
「こちらに導かれて、そしてマナさんが見える、ご縁のあるお客様には特別なサービスがございますがいかがでしょうか?」
とそう言う彼を見ていると、
フッと、額の中央に瞼が現れ、ゆっくりと開き、そしてそれと目が合った。
ガタッと、私は椅子からのけ反って。
流石にそれを見たのは生まれて初めてで驚く。
「第三の目!?
・・・サードアイ・・・」
私が言うと、彼は。
「ええ・・・。
お客様は色々と見えていらっしゃる方ですね。
こちらにいらしたお客様でも、これは見えない方がほとんどです。
私は、唯一の『スペシャル・フォーチュン・カウンセラー』の中村陽翔と申します。
ここの場所に導かれ、マナさんが迎えてくれた方は、こちらのビジョンが必要で、幸せの『鍵』になるお客様ばかりです」
と、穏やかに微笑んだ。
私は、右脳をフル回転させた。
ここに来たのは、迷い込んだ訳では無くて、導かれた・・・?
可視化出来る世界が全てでは無い。けどここに来てからの違和感と異世界感・・・。
ここはどこ・・・?
そして自分に問いかける。
これは悪意か、ここは邪悪か・・・?
中村氏が、私の困惑を見て取って、少し首を傾げるように、フッと微笑んだ。
素敵な笑顔だ。その額の、第三の目すら無ければ・・・。
結局、私はここを選んで来たんだと、なぜかそう思えた。
『マナさん』がフッと現れ、
気づくとバーカウンターの後ろの壁際、私の後ろにプロジェクタースクリーンのような物が用意されていた。
「これから、このスクリーンにお客様の『鍵』となる映像が映し出されます。
ここにいらっしゃる特別なご縁のあるお客様と私達だけに見えるビジョンです。
お客様にとって、どうか幸せの『鍵』でありますよう・・・」
スクリーンを見ていると、どこからか謎のノイズ入りの映像が映し出されて来た。
そして、直接響く、言葉では無い強烈なメッセージ。
『醜い、醜い・・・。
こんな私を、誰も愛する訳がない・・・』
心拍が上がる。
意識の奥が開かれた・・・。
幼い頃の自分のビジョン。
『かわいそうに、私にそっくりな顔で・・・』
私を覗き込むのは、若かった頃の母。
その頃の母は、毎日塞ぎ込んでいた。
父親に若い女が出来て、全く家族を顧みなくなったのだ。
母は、それを自分の容姿のせいだと思い込んだ。
『ああ、私がもっと美しかったら・・・
この顔が憎い・・・』
母は、口癖のようにそう言っていた。
父が私に言った。
『お前まで俺の事をそんな風に見るのか、母親そっくりの、その顔で・・・』
しばらくして、父は家を出て行った。
『災いの元凶は、全部この顔のせいだ・・・』
口には出さずとも、強烈に心に刻み込まれていた思いだった。
大人になっても、地味でつまらない自分自身と、繰り返しの変わり映えの無い毎日に飽き飽きしていた・・・。
『この顔を変えてしまえば、少しはマシになるかもしれない・・・』
いつしかそんな思いが強くなり、まずは二重の整形を考えた。
元々は奥二重だったが、芸能人のような華やかでパッチリとした平行二重に憧れていた。
クリニックはどこにしようか、費用はどれくらいかかるのか、貯金の残額は?色々調べ始めていた。
次に現れたビジョンは職場の風景だった。
『北原さん・・・
今日の飲み会、一緒にどうかなあ?・・・』
同僚の山下裕貴くんだった。
『ごめんなさい、今日は予定があって。
また今度ぜひ・・・』
職場の飲み会は、気を遣うし、いたたまれなくなるのでほとんど出ない。
山下くんが残念そうにこっちを見てる。
『北原さん、めっちゃタイプなんだけどな。ゆっくり話してみたいし。
うちの職場の飾り立てた肉食系女子の中では、ナチュラルで可憐で、何気に気配り出来る子だし。
今度、改めて誘ってみようかな・・・』
え、え、ええぇぇ!?
驚いた!!
山下くんから見た私のビジョンが現れる。
『何だかんだ言って、いつも仕事は丁寧だし。
俺が咳してた時なんか、のど飴くれた。
いつも持ってんのかな、あれ・・・。
うん、今度ダメ元でまた誘ってみよう・・・。
行きつけの焼き鳥屋とか、ダメだよな。
今度女の子が好きそうな店、探してみよう・・・』
思いもしなかった。
せいぜい職場ではパッとしない地味な女子扱いだって思ってた。
華やかで綺麗な同僚の女子達には、劣等感しかなかったし。
『あなたの根本の原因は、その顔立ちでは無いと気付いているはず。
そう、あなたの母親も父親も、あなたの顔を、あなたの事を、憎んではいないし、愛してたはず・・・』
どこか、高いところからの声・・・というより響くメッセージ。
高次元からの?
ハイヤーセルフ・・・?
そうだ。母親も
『私がこんな容姿だから、ごめんね、ごめんね』
って言って抱きしめてくれた。
父親は出て行く少し前に、
『悪いな。誰も悪くなんか無いんだ、きっと。
強く、大きくなれな・・・』
って言ってた。
忘れかけてたけど。
知らず知らずに、涙が溢れていた。
私は、愛されたかっただけだ。
愛されない理由を、
この顔のせいにしていた・・・。
フッと、ビジョンがそこで途切れた。
中村さんが、
「どうぞ」
とハンカチを手渡してくれた。
「ありがとうございます」
と、私は夢から覚めたように言った。
「どうやら『鍵』を見つけられたようですね?
スペシャル・フォーチュン・カウンセラーの私ですが、余計なアドバイスなど致しません。
単純なキッカケをご用意出来れば幸いです」
「ありがとうございます。
はい、少しだけ、心が軽くなりました」
重くのしかかっていた物が肩から降りて、少しだけ視界が開けたような気分だった。
「ご縁があったら、またいらして下さい」
言って微笑んだ中村さんの額からは、第三の目は消えていた。
マナさんも、何となくこちらを見て微笑んだ?
・・・気がした・・・。
そして私はBAR Special Fortuneを後にした。
何となくではあるけれど、なぜかもうここには辿り着けない気がしていた。
バッグに中村さんから借りたハンカチを入れたので、洗って返さなきゃと思い出して確認したら、どこからも見つからなかった。
そうだ。カクテルの写真・・・と思ったら、ブレていて、虹色に滲んだ写真・・・。何が写ってるのか分からない。
でも、綺麗だ・・・。
私は、『フフッ』と不思議に微笑みながら歩いた。
会社帰りのエレベーター前だった。
「あの・・・」
と声をかけたのは、山下裕貴くん。
「飲みか、食事、良かったら行かない?
何が好き・・・?」
BAR Special Fortuneの事を思い出し、今となっては、あれは夢か幻なんじゃないかとすら思えた。
間に耐えられなくなったように山下くんが、
「都合が悪かったら、皆で・・・」
と言いかけたところ、私は、
「・・・焼き鳥?」
と答えてみた。
山下くんが、笑顔になった。
「え!?
奇遇だな!焼き鳥屋なら行きつけのがあるから、そこでいいかな?」
「はい・・・」
言って私は微笑んだ。
自信を持って、一歩進んでみよう。
この顔で、
この笑顔で・・・。
ーto be continuedー
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