【6】罠

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【6】罠

 私、本多唯香(ゆいか)は、しばらく歩きスマホをしていて、気づいたら知らないBARの前だった。  看板には『BAR Special Fortune』の文字。  変わった名前だ・・・。  丁度扉を開けたバーテンダーの男性と目が合い、 「今晩は。よろしければ、どうぞ・・・」  と声をかけられた。  ネームプレートには『中村』の文字。  感じも良く、なかなかのイケメン。  お店も少し古めかしい雰囲気ではあるけれど、悪くない。  夫の帰りも今日は遅いようなので、まあ、たまにはフラッとこういう所に入るのも悪く無いな、なんて思った。  バーテンダーの彼に促されて店内に入ると、薄くピアノジャズが流れ照明が落とされた店内は、少し狭いけどなかなか雰囲気がいい。  客席奥に、先客の若い女性がいるかと思ったけど、店内を見渡しているうちに、トイレにでも立ったのか?居なくなっていた。  カウンター席に座り、ドリンクを注文した。 「そうね。  ベタだけど、カルーア・ミルクを頂けるかしら?」 「かしこまりました」  彼は、器用にグラスに氷を入れると、カルーア(コーヒーリキュール)を氷に沿わせながらグラスに注ぎ、次にミルクを注いだ。  鮮やかな2層。  仕上げにはコーヒーのパウダーを少しだけかけて。 「お待たせしました。  カルーア・ミルクです」 「ありがとう。  綺麗ね・・・」  ストローで軽く混ぜて飲むと、甘くて飲みやすいけど、意外にアルコール度数が高かった。  内から体が熱くなる。  「カクテル言葉は、『八方美人、悪戯好き』などがあります。  どんなに美しい花のような人でも、気まぐれや、イタズラの度が過ぎると困りものですからね・・・」  『中村』さんが、品よく微笑んで言った。  私は、カクテルにちなんだ褒め言葉と受け取って、 「そうね。綺麗な花には棘や毒が付き物ね。」  と、受け流すように答えた。  『中村』さんが言った。 「こちらに導かれご来店されて、ご縁のあるお客様には特別なサービスがございますが、いかがでしょうか?」   私は少し妙に思いながらも、店名を思い出して、 「ああ、占いか何かかしら?  ・・・面白そうね・・・」  そう答えた。  私の後ろにプロジェクタースクリーンのような物が用意されていた。  あったかしら?  気づかなかった・・・。 「これから、このスクリーンにお客様の『鍵』となる映像が映し出されます。  ここにいらっしゃる特別なご縁のあるお客様と私達だけに見えるビジョンです。  お客様にとって、どうか大切な『鍵』でありますよう・・・」  言って彼が一礼した。  奇妙に思いながらそのスクリーンを見てると、どこからか謎のノイズ入りの映像が映し出されて来た。  プロジェクター本体はどこにも無い。  なに!?これ・・・。  画面にまず映ったのは、夫の和之との結婚式のビジョンだった。  同じ職場の期待のエースで、ルックスも良くて皆の憧れの彼にアプローチされて結婚した。  私の父は大手会社の社長で、いわゆる私は『お嬢様』だったし、見た目にも自信があったし、まあ彼が私を好きになる事は不思議では無いと思ってた。  皆の憧れの視線を一気に浴びて、幸せだと思った。  その時は。  結婚生活が始まると、思っていた生活よりも、少し退屈だった。  私は夫の希望で仕事を辞めて家庭を守る事にした。  そして、日々の生活の中で、夫のだらしない一面が見えては、少し幻滅していた。  それでも夫は相変わらず優しくて寛容ではあったけど。  私はほんのイタズラ心で、SNSに夫に対する不満を打ち明けた。 『とにかく、うちの夫はだらしなくて。帰ったら服は脱ぎっぱなしだし、裏返ってるし。これをまた戻してひっくり返して、洗濯する身にもなってよ』  予想外に、イイネの数が多くて。  少し面白くなった私は、だんだん悪口の内容もエスカレートして行った。  そのうち、ネットでの一番の理解者で、信頼出来る友達も現れた。  ハンドルネーム『マチコ』さんだった。  彼女も同じく主婦で、同じような夫の不満でいつも一番に盛り上がっていた。  イイネの数もどんどん増えて行って、私はちょっとした有名人気取りだった。  次に映ったのは、夫の和之のビジョンだった。  お風呂に入っている間に、私のスマホを盗み見ていた。  嘘・・・。  信じられない!  スマホにロックは掛けていなかった。  うかつだった・・・。  夫は私のSNSを見ると、 「はあ!?  ふざけんな!!  アイツ、優しくしてやったらつけ上がって、  俺の事、言いたい放題ぶちまけやがって!  俺のプライドはズタズタだ!!」  言って彼は私のスマホをベッドに叩き付けた。 「今に見てろよ・・・」  もう、それは私の知ってる夫の和之さんでは無かった。  これは、そうだ。きっと何かのトリック映像に違いない。  そう思い込もうとした。  次のビジョンは、とあるホテルの一室だった。  夫が知らない女性と一緒にいる。  知的そうで、やけに色っぽい女性だ。  和之さんが言った。 『アイツ、ネットで俺の事、言いたい放題言いやがって。ホント、ムカつくったらありゃしない!  今、弁護士と調査会社に依頼してるから、必ずシッポ掴んでやる!  今の悪口の証拠だけじゃ足りない。  ・・・そうだ。成りすましだ!  ハンドルネームはテキトーに『マチコ』かな・・・。話を煽って、エスカレートさせてやる!』  ゾクっとした。  まさか!?  ネットで仲良くなり、信頼していた友達の『マチコ』は偽装だった!?  ガクガクと震えるような思いだった。 『あとは、そうだな・・・。  アイツの好みそうな若い男に依頼して、偽装浮気の証拠をでっち上げる!  それで離婚訴訟、勝てるだろう!』  !!   そう言えば覚えがある・・・。  ある日の買い物帰り、若い男性に声をかけられた。  確かに、私好みのする、今風のイケメン俳優みたいな風貌で。  流れで軽く一杯飲みに行って、それからフラフラしてたけど、確か、それだけだった・・・。  ビジョンが移り変わる。  そうだ!  あの若い男の姿だ。  彼は、こっそり飲み物に何か薬を入れて、私に渡した。  睡眠薬・・・?  それを飲むと、そうだ。急に私はガクっと眠くなった・・・というより気が遠くなったのだ。  あまり覚えてはいなかったが・・・。  その後、私は男の肩を借りて、ホテルの一室で休んだらしい。  彼は、私をベッドに横たえると、自分は上半身裸になり、 『はい、証拠写真!』  と写真を撮り、スマホで夫に電話をかけた。 『もしもし、本多さん。  証拠写真、送りました!  案外チョロいもんですね!』  言ってニヤリと笑った。  まさか!!  私は全く覚えていなくて。  気がついたらホテルのロビーのカフェだった。 『大丈夫ですか?  今日はこのまま帰ってください』  と、彼がタクシーを呼んでくれて、そのまま帰宅していた。  次のビジョンでは、夫は、また以前と同じホテルにいるようだった。  さっきの知的で色っぽい女性と一緒だ。  夫が言った。 『『証拠』がどんどん集まって来たよ。 ネットのIPアドレス、個人特定も、浮気現場の証拠も完璧だ。    これで離婚訴訟に勝てるし、離婚成立後は賠償金を払わせてやる。  あの女、この俺のプライドをズタズタにした報いを受けるがいい。  とことん、叩き潰してやる!  そうだな・・・裁判までは、何食わぬ顔して優しくしてやるよ・・・。  あの女、顔と家柄だけいいと思ったら、中身は思った以上にカラッポだったな。  その実家の方も、利用価値があるかと思いきや、最近では経営難で傾きかけてると来たもんだ・・・。  翔子・・・俺はやっぱり、君みたいな自立してて頭のいい女に本当は惹かれるんだ・・・。  離婚まで、もう少し待ってくれよ・・・』  『翔子』という女性は、ニヤリと笑って言った。 『分かったわ。  でもお願い、その左手の指輪を私にちょうだい。  ・・・その代わりに、私からこの指輪をプレゼントするわ・・・』  言って彼女が夫に渡したのは、夫が使っている結婚指輪と、ソックリなリングだった。  夫が今まで付けていた物は、プラチナの上下のミル打ちがピンクゴールドで縁取られていたが、彼女が渡したリングは、イエローゴールドだった。  ほんの僅かな違いだ。 『奥さん、今までの事に何一つ気が付いてない、超鈍感さんだから、きっとこのリングにも気づかないわ・・・』  彼女は、またニヤリと笑った。 『そうだな、ありがとう・・・』  夫も、同じように笑った。  私は、あまりの事に、ガクガクと震えていた。  思えば、僅かな違和感は沢山あった。  でも、全部自分の思い過ごしだと思っていた。  私は、生まれながらにして愛される人間だ。  夫も、自分の事を愛してると信じて疑わなかった。  SNSの悪口なんて、ほんの小さな捌け口だった。  そう、小さなイタズラ心だった。  私は悪くない、   私の方が、被害者だ・・・!!!  フッと、そこでビジョンが途切れた。  意識が戻るように、ハッと我に返った。  ここは、さっきまでのBARだった。  なんだ・・・。  きっと、これは何かのトリック映像だ!  もしくは催眠術か何かの類のやつ・・・。  ハアハア、と、呼吸を整える。  大丈夫。  きっと、家に帰ったら、元の優しい彼だわ・・・。 「帰るわ・・・!」  私は会計を済ませると、そのBARを飛び出した。  まるで、見たくない物に蓋をするように、私は走り出した。  帰宅すると、間もなくして夫も帰って来た。 「お帰りなさい・・・」 「ただいま・・・」  いつもの、優しい夫の笑顔だった。  ホッとした。  ほら、やっぱり・・・  あんなの、何かのトリック映像なんじゃない!?  そう思って、夫の左手のリングを見ると、  イエローゴールドに縁取られていた・・・。  まさか・・・  まさか・・・!!?  寝室の横で眠る夫の枕元に外してある、リングケースを開けてみた。  リングは確かにイエローゴールドで縁取られている。  恐る恐る内側の刻印を見てみると、  『StoK』と刻んである・・・。  『翔子』から『和之』へ、というイニシャルだ。  言うまでもなく、私の名前は唯香で、イニシャルは『Y』だ。  私は、また、ガクガクと震え出した。  夫は着々と、でっち上げた証拠で私を追い詰めている。  私にしては、ほんの小さな捌け口で、  ほんのイタズラ心だった。  それが大きく、夫のプライドを傷付けたのだ。  私は、夫が言うように、愚かだった。  証拠をでっち上げられていたとしても、そのでっち上げの証拠すら、何一つ掴んで無いのだ・・・。  私は愕然としながら思った。  このまま一緒にいるのも地獄、  別れても、  地獄だ・・・。 ーto be continuedー
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