よみがえる父娘のきずな!?

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よみがえる父娘のきずな!?

 お父さんと向かいあって座るのはいったい何ヶ月ぶりだろう。三か月ぶり?四か月ぶり?それくらいひさしぶりだ。うっとうしくて避けてきたから、いまさら顔を合わせるのがひじょうに気まずい。話さなければならないからしかたないけど。  お父さんはテーブルを見つめている。なにも載っていないチーク材のテーブル。あるのは綺麗な木目だけ。木目に隠された謎をといているハードボイルド探偵みたいだ。ウイスキーをオンザロックしていたら完璧。いちいちカッコ良くて様になる。  隣にはお母さん。苛立ちが見てとれる。朝と変わりない。視線がずっと刺さるから私は直視できずにいる。痛いのだ。心が痛むのだ。私は嘘をついた。しかも悪質な嘘を。こともあろうに味方であるはずのお母さんにたいして。私は浅はかだった。  空が夕焼け色に染まっていた。お母さんから連絡をうけて早めに帰ってきたらしいお父さん。しゃべることがあるらしいお父さんが語りはじめるのを私は待っている。お説教されるのは私。申し訳なさそうにしているが、君臨するお母さんの黒い影に怯えている。眼光と威圧感がハンパないからだ。  重みのある無言がふくらんで、私たち3人をのせた舟が沈黙の沼へとゆっくり沈んでゆくようだった。外はもう暗かった。舟はゆっくり沈んでいた。お父さんはなおも木目の謎をといていた。そしてお母さんの視線が私に刺さり続けていた。  と、いつまでこんなん続くんじゃいとツッコミを入れそうになったとき、ついにお父さんがくちを開いたのだ。もったいぶる勇者。ハイスペックすぎるお父さんの言葉。愚かな小娘を小ばかにするのだろう。言われたら悔しくて歯ぎしりするだろう。私はそう思っていた。  お父さんは見つめていたチーク材の木目から目を離し、私を見た。そして、はっきりと「ごめんな」と言った。「エモいと言うのが駄目なわけではない。エモいのニュアンスがわからない人もいるだろうから好んで使わないほうがいいんじゃないかと思ったんだ。伝わる人には使っていい。ただ伝わらない人もいる。それを知っておいてほしかったんだ」  あの傲慢なお父さんが謝るとは。打ち負かしたということか?いやちがう。これは補足だ。「ごめんな」は「ところで」と同じような意味だ。私がそう分析していると「ところで」とお父さんは言った。「ところで、男性と交際してお金をもらっているという話、お母さんも私も、万理恵が嘘をついていると信じている。嘘がいけないわけではない。嘘が必要になる場面もある。だれかを守れる、幸せにできる嘘なら価値がある。そうでない嘘はだれかを傷つけるし、じぶんを不幸にする。万理恵にはじぶんを大切にしてほしいんだ。言葉は生きものだから、言ってしまうと一人歩きする。言った本人の名札をつけて勝手に歩きまわる。誤解されるときの原因はそれだと思う。歩きまわる言葉はそれじたいで完結している。あとから補足説明ができない。だから言葉は慎重に選ぶべきだと思うんだ。恥ずかしいから言わないけど、いまは言うよ。お父さんは万理恵を好きだよ。仕事しているときも万理恵を想っている。気持ちわるいって感じるだろうけど好きだよ──」  そこまで言って電話が鳴った。仕事先からのようだった。「ちょっと外すよ」と、お父さんは席を立って電話しながら書斎へ向かった。あいかわらず流暢な英語だ。お母さんは目を伏せていた。苛立ちのオーラが消えていた。私がなにか言うべきだったけど、すこし考えてみることにした。  お父さんはズルいなと感じた。好きだと告白されて嫌な気持ちになれるわけがない、ちょっとだけキモいけど。「万理恵を好きだよ」って、なんていうパワーワードだ。私だってお父さんを好きだ。お母さんも好きだ。好きすぎるくらいだ。エモい。心地よいエモい雲のうえにいる気分だ。  私はだれかに「好き」を伝えたことがあっただろうか。省みるまでもなく皆無だった。私は認めてほしかっただけなのかもしれないし、好きと言ってほしかっただけなのかもしれない。「好き」を伝えればいいだけなのに、よくわからない屁理屈をこねまわして話をこじらせていたのかもしれない。もしかしたら、ほんとうの私って素直な女子なのかもしれない。  私はお母さんに好きですと言った。嘘をついてごめんなさいと。お母さんは微笑んで頷くと「今晩はクリームシチューにするね」そう言ってキッチンに入った。私が手伝いを申し出ると、お母さんは「疲れたでしょ、座って休んでなさい」とやさしく声をかけてくれた。  炊事の音の向こうから英語が聞こえる。何人だよお父さん。なぜそんなにハイスペックなのお父さん。なぜそんなに理屈っぽいのお父さん。どういう人生を歩んだらそうなるのお父さん。資産はいくらなのお父さん。私は立ちあがって書斎に近づいた。英語が一段落していた。ドアをノックすると「どうぞ」とお父さんの声が聞こえた。 「電話おわったよ」とお父さんがふりかえるなり、「好きだよお父さん」と私は言った。 「嘘じゃないよ」  お父さんは一瞬だけ驚いた顔になると「それは嬉しいな」とこたえた。「録音して永久保存版にしておきたいくらい嬉しいよ」 「なんかエモいね」 「なんかエモいな」  私たちが微笑みあうと、こっそり覗いていたらしいお母さんも、 「なんかエモいわね」と言った。
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