海の心臓

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 ――ドッ・ドッ――。    自分は人間だった。  最愛の夫を亡くし、悲しみに暮れていた。  溺れている子供を助けたものの、本人は帰ってこなかったのだ。  自分も息子を亡くしてつらいはずなのに、義父はずっと自分をいたわってくれた。  自分には、まだ子供が残されている。  もう、これ以上悲しむのはやめだ。  生まれてくる我が子には、夫の分まで愛情を注ぐと決めた。  ある日、ついに分娩が始まった。  想像を絶する痛みだった。けれども我が子のためならば、いくらでも耐えることができた。  それは重度の難産だった。どれだけ時間が経っても、生まれてくる気配がない。  お互いの身体に負担が重なっていた。このままでは両方とも危険らしい。  帝王切開をすれば子供は助かるが、自分の身が持つかは分からないそうだ。  迷わずやってくれと叫んだ。ただ我が子の命だけがすべてだった。  手術は終わり、我が子の産声が聞こえてきた。  元気な男の子だと産婆は優しく言った。  義父はずっと涙を流していた。  自分はどうやら駄目なようだ。視界が少しずつ終わりを迎える。  それでも、愛しい我が子の声を聞けて本当に幸せだ。  これから先、一緒にいてやれなくてごめんねと思う。  この子の未来は、義父に託すことにする。  名前は、生前の夫とふたりで考えてあった。  男の子なら縄のようにたくましく、真っ直ぐな子に育ちますように。    この子の名前は、縄次。
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